#マーケティング #インターナル #エクスターナル

1 年で 13 万個を売り上げた東横インのピンバッジ。

その成功の裏には、外向けの顧客施策と内向けの従業員施策が見事に噛み合い、互いを強め合う循環がありました。

今回はホテル 「東横イン」 のおもしろい施策からマーケティングを学びます。

東横イン 「ご当地 GENKI バッジ」 

出典: 東横イン

東横インが  2025 年春に販売開始したピンバッジコレクション 「ご当地 GENKI バッジ」 。1 年未満で販売総数が 13 万個を突破しました。

52 種類のラインアップ

バッジの大きさは縦 3cm × 横 3cm のサイズなので保管しやすいです。

1 個 300 円というお手頃価格ながら、その仕掛けは巧みです。

ラインアップは都道府県ごとに異なるデザインに加え、海外出店 5 カ国分もあり、計 52 種類です。

各バッジには地域の名物と東横インの建物を組み合わせたビジュアルで描かれています。例えば福島県なら赤べこ、大阪府はたこ焼き、北海道はカニをモチーフに東横インの外観を赤く染め上げたデザインといった具合です。

 「集めたくなる」 緻密な設計

東横インの 「ご当地 GENKI バッジ」 が単なるグッズ販売で終わらないのは、収集欲を刺激する仕掛けが随所に施されているためです。

このバッジを購入できるのは原則、所在地のバッジのみで、取り寄せは不可。コンプリートしたければ自力で都道府県を回る必要があります (ただし宿泊しなくてもフロントで購入できる) 。

興味深いのが、バッジの台紙の裏面に各店舗のイチオシ情報が書かれている点です。門前仲町永代橋 (えいたいばし) 店は駐車場 36 台完備がイチオシ、アキバ浅草橋駅東口店は外貨両替機設置がイチオシなどです。デザインと台紙文言の組み合わせは 350 種類にもなります。

SNS では 「本気を出すと沼る」 「効率的に回る方法を考えなければ」 といった攻略法まで考える口コミが見られるようになりました。攻略を考えているうちに、街中で自然と東横インが目に入るようになることも期待できます。

なぜ東横インでヒットしたのか

ご当地商品で収集欲を刺激する方法自体は珍しくありません。そんな中で東横インでヒットしたのは、東横インの特性とピンバッジ集めの親和性が高かったからでしょう。

出張の多いビジネスパーソンや推し活で高い頻度で遠征する人のように、全国を飛び回る人たちが増えています。一方、宿泊費高騰で定額で泊まりたいニーズも顕著です。駅近立地・ワンプライスの東横インは彼ら彼女らにとって絶好の選択肢ですが、ビジネスホテルは差異化が難しく、東横インにとっては特別感を演出しにくい状況でした。

東横インの 「ご当地 GENKI バッジ」 にはゲーミフィケーション的な要素が取り入れられていることで、宿泊体験におもしろさやワクワク感を加えられます。

全国の東横インに宿泊すること自体を、そこに旅した・泊まった証しとして楽しんでもらう。こうした場としての価値を最大限伝えられるのは、東横インの特性とぴったり合うことでしょう。

SNS には 「地方出張だと観光する気力がないから、ホテルのグッズがうれしい」 といった声も見られます。こうした小さな体験を愛着につなげていくわけですね。

* * *

では、東横インの 「ご当地 GENKI バッジ」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

エクスターナルマーケティングとインターナルマーケティング

今回の事例でキーワードにしたいのが、「エクスターナルマーケティング」 と 「インターナルマーケティング」 です。

エクスターナルマーケティング

エクスターナルマーケティングとは、企業が生活者や顧客など外への市場に向けて行うマーケティング活動です。

商品・サービスの魅力を伝え、お客さんから選ばれる理由をつくり、利用・継続につなげます。広告・PR・SNS 発信・店頭施策・キャンペーン・ブランド設計・CRM などが代表例です。

エクスターナルマーケティングで目指すのは、認知から興味、利用、そして再利用・推奨へとつながる顧客体験 (CX: Customer Experimence) の流れをつくり、指名される状態 (第一想起) を育てることにあります。

インターナルマーケティング

次にインターナルマーケティングです。

インターナルマーケティングとは、企業の内側に向けて、従業員や関係者が同じコンセプトを理解し、誇りを持ち、自然にコンセプトを体現できる状態をつくる活動です。

サービス業では特に、現場の状態がそのまま顧客体験の質になるため、インターナルは成果の土台になります。理念の浸透、現場の納得感づくり、教育、権限設計、称賛、チームの連携、コミュニケーション設計などが含まれます。

狙いは、従業員体験 (EX: Employee Experimence) を整え、良い接客・良い運用・良い空気が頑張らなくても自然に起きる状態をつくることです。

2 つの相乗効果

インターナル (内側) とエクスターナル (外側) のマーケティングは両方が重要で、相互に影響し合います。

ふたつの関係性としては、インターナルは土台となります。

  • インターナル (土台):関係者がコンセプトを理解し、誇りを持ち、自然に体現できる
  • エクスターナル (表現):空間・演出・商品・発信などがコンセプトを一貫して表現している

サービス業では、どれだけ外側の装飾を整えても、最後にお客さんが触れるのは現場の人と現場の空気で、そこに齟齬があるとコンセプトは崩れてしまいます。

エクスターナルマーケティングからの外側が強化されると、スタッフも自分たちはこういう世界をつくっているんだという実感が得られ、インターナルマーケティングもさらに強くなります。インターナルとエクスターナルは両輪で、相互強化のループを回せるかが大事です。

 「ご当地 GENKI バッジ」 への当てはめ

東横インの事例は、まさにこの相互強化が起きています。

エクスターナル (外側) で起きていること

東横インの 「ご当地 GENKI バッジ」 は、差異化が難しいビジネスホテル業界で選ぶ理由を増やす取り組みです。

ポイントは、ピンバッジが販促グッズにとどまらず、泊まった証し・集める楽しみという体験価値を生み、それが東横インを指名して選ぶ理由に変えることです。

外側の表現として見れば、東横インの強み (全国展開, 駅近, ワンプライス) と矛盾しない形で、次のことを一貫して表現しています。

  • 全国にあるからバッジを集められる
  • 東横インの建物がデザインに入るから、思い出す想起のフックになる
  • 旅・出張の記憶がバッジとして残るから、次回の指名につながる
  • SNS で語りたくなる仕掛けがあり、話題が連鎖する

ピンバッジは主にリピーター施策としての役割までを果たします。ピンバッジを購入した際の思い出をフックとし、第一想起してもらうのが狙いです。

バッジの名称に 「GENKI」 を入れたのは、旅から帰ってからも宿泊者の中に残る元気になりたいというメッセージを込めたからとのことです。旅は人を元気にし、元気にしてくれるのは東横イン。ピンバッジ収集という新たな楽しみを提供する戦略は、全国展開のビジネスホテルチェーンとしてはユニークな存在です。

インターナル (内側) で起きていること

東横インのこの事例は、インターナルマーケティングが土台として効いています。

東横インは、ピンバッジを従業員のモチベーション向上にも役立てています。

バッジを購入するには各ホテルのフロントスタッフに直接伝える必要があり、宿泊客と従業員のコミュニケーションのきっかけをつくる道具として活躍します。従業員体験 (EX) の向上にも寄与するわけです。

そもそも、ピンバッジのデザインにはご当地スタッフの意見が取り入れられました。バッジのモチーフを社内アンケートで決定し、台紙の文言は各店舗のスタッフに決めてもらったため、最初からスタッフがピンバッジに愛着を持っているはずです。

制服に付けるのは、自店舗のバッジ 1 個、他府県のバッジ 1 個の計 2 つまでというルールの下、宿泊客に積極的にアピールするスタッフは多くいます。宿泊客が制服のピンバッジに気づいて質問してくれればしめたもの。そこで熱量を持って説明すれば宿泊客も欲しくなり、この体験を誰かに伝えたくなることでしょう。

バッジはホテルのフロントでのポジティブな会話を生むきっかけ装置になっています。こうした好循環が 13 万個の需要を生み出しました。

外が強くなるほど内が強まり、内が整うほど外が立ち上がる

相乗効果のポイントはここにあります。

エクスターナルからの外側が強化されると、スタッフも自分たちはこういう世界をつくっているんだという実感が得られます。それにより、インターナルもさらに強くなります。

インターナルとエクスターナルは両輪で、相互強化のループを回せるかが大事です。

東横インの事例では、具体的な流れを整理すると次のようになります。

  1. 外側で集めたくなる構造が設計される
  2. SNS で話題になり、ファンが増える
  3. 現場が自分たちはおもしろいことをやっていると実感する
  4. フロントでの会話が自然に生まれる
  5. 顧客体験の質が上がる
  6. さらにファンが増え、投稿が増える
  7. また外側が強化される

得られる示唆

この事例からの学びは、外向き施策をがんばるだけでは必ずしも十分ではないということです。むしろビジネスの現場で問われるのは、外向きの施策を、内側の土台と噛み合わせて循環させられているかです。

外の施策を内の土台と接続できているか、という実装の観点で言えば、次のチェックリストが考えられます。

  • 外側の表現 (商品・演出・発信) は、コンセプトを一貫して表現しているか
  • そのコンセプトを、現場や関係者が理解し、誇りを持って語れる状態になっているか
  • お客さんが触れる現場の人・現場の空気と、外側の表現に齟齬はないか
  • 現場が自然に体現できる導線 (会話が生まれる接点, 語れるストーリーなど) は設計されているか
  • 外が強化されたときに、内が誇りとして返ってくる構造 (称賛, 可視化, 参加感) があるか

他との差異化が難しい市場ほど、外側の派手さで勝ちにいくより、内側の土台と外側の表現をつなぎ、相互強化ループを回すほうが効果的です。

東横インのピンバッジは、それを分かりやすく示す事例です。

まとめ

今回は、東横イン 「ご当地 GENKI バッジ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • エクスターナル (外側への施策) とインターナル (内側への施策) は別々ではなく両輪であり、相互に影響し合い強め合う関係にある
  • インターナルは土台として機能する。どれだけ外側の表現が優れていても、最後に顧客が触れる現場の人や商品、現場の空気に乖離があればコンセプトは崩れてしまう
  • 外側が強化されると現場に誇りが生まれ内側が強まり、内側が整うと顧客体験の質が上がり外側がさらに強化される。この相互強化ループを回せるかが持続的な成果を高める