2013/12/30

「大切な人」を大切にする

新幹線の待合室での話。

客用のコンセントがある椅子に座っていたのですが、横の席で、ある夫婦が(軽い)言い合いをしていました。

今、コンセントでスマホを充電するかどうかの喧嘩のようで、やる/やらないの言い合いになっていました。夫がコンセントにプラグを入れたと思ったら、すぐに妻は「もういいから」と抜く。そんなやりとりの繰り返しでした。

傍から見るとどっちでもいいように感じますが、当人たちにとっては譲れないことだったのかもしれません。それ以上、他人の会話を聞くのも良くないなと思い、イヤホンの音楽ボリュームを上げました。

こうした風景は特に珍しいものではありません。今回のケースでは夫婦(中年)でしたが、親子や恋人同士でも普通に起こることです。例えば、近所のスーパーに行くと、親子がお菓子を買う/買わないで喧嘩していたり、商品選びに迷っている夫に妻が「はやくしてよ」と強いトーンで怒っていたりします。

一歩引いて考えると、これってどうなんだろうなと。ふと。

夫にとっての妻、親にとっての子というのは、大切な人であるはずです。この世の中でベスト5には入るくらい大切な存在。世界には70億人を超える人がいて、その上位5人に入るというのは超がつくほど貴重な人です。

大切な人同士なのに、言い争いからお互いが不機嫌になり、2人の間には重い空気が流れる。大切な人との貴重な時間なのに、楽しくなさそうな時間になってしまっています。

自分にとって「大切な人」を本当に、文字通りに大切に扱っているか。

親しい間柄だからこそ、自分の意見や感情をストレートにぶつけられます。その結果として、冒頭のような言い争いに発展する。親しい間柄という証拠かもしれません。一方で、喧嘩をしつつも、どこか頭の隅には相手のことを大切に扱う意識を持っておきたいもの。

「大切な人」をその通りに大切にする。

文章にすると、これはど簡単なことはなさそうですが、実際にいつもそうするのは難しいかもしれません。だからこそ、日頃から意識しておきたいと思っています。





2013/12/27

転職して変わった「結果を出してなんぼ」と「イシューからはじめる」

今年、転職をして大きく変わったことが、仕事では「結果を出してなんぼ」という考え方です。転職前も認識としては持っていましたが、転職をしてより強く感じるようになりました。

プロセスも大事ですが、評価としては結果を出しているかどうかが問われます。さらに言うと、単に結果を出しているのではなく、その結果がどれだけ価値があるか。自分の中の考え方として、いかに価値のある結果を生み出すかを強く意識するようになりました。

価値のある結果とは何か?

「イシューからはじめよ」という本には、イシュー度が高い&解の質が高い、の2つの軸があると書かれています。つまり、①課題設定として適切であり、②問題解決した際のインパクトが大きい、の2つです。

この本で強調されているのが、この2つを考える時に優先すべきはイシューのほう。本当に答えを出すべきことなのか、を徹底的に掘り下げて考えること。当時、この本を読んだ時に目から鱗だったのが、タイトルにもあるように「イシューから考える」こと。

イシューとして適切なのは、本当に答えを出すべきもの&答えが出せる、の2つ。忘れがちなのは後者で、この問題を解決できれば価値は高いが、そもそも答えを出せそうだ(方法がある)という見込みは必要です。答えが出せないということは、仕事は結果を出してなんぼという考え方に立てば、いくら努力してもそのプロセスは評価できません(答えを出せなかったという失敗を通じて学習できるなど、得られるものはゼロではないですが)。

自分の主な仕事の1つはデータ分析で、「イシューからはじめよ」という本に書かれていることは実践できているかは今も(そしてこれからも)考えます。イシューから入るというのはそれくらい重要だし、かつ、気づけばできてない状況に陥ってたりします。

データ分析において心がけていることとしては、
  • いきなり分析に入ったり、こんな比較をするとおもしろそうではなく、まずは課題設定をする。自分はどんな問題を解決するために取り組むのか、それはなぜ解く必要があるのか、解決することで誰にとってどう役に立つか
  • 分析に使うデータはイシューのためのデータであるか。イシューがあってのデータで、その逆ではない。目的と手段を混同しないようにする
  • イシューをさらに分解していく、各サブイシューに対して仮説を立てる。サブイシュー / 仮説に対しては言葉にする。言語化することで自分の理解/考え方がはっきりする(言葉に落とし込めない時は考えが浅い)
  • サブイシューと仮説に対して、アウトプットイメージを考える。どんなグラフや見せ方をすれば適切に説明ができるか。わかりやすいか
  • アウトプットイメージを並べてストーリーをつくる。サブイシューと仮説をどんな順番で並べると、課題解決として伝わりやすくなるか

ここまでやって、はじめてデータの集計/分析に入ること。これが「イシューからはじめよ」という本から学んだことです。

考え方として持っておきたいと思っているのは、データ分析においてはその前後で分析の価値が決まるということです。前後というのは、前はイシューと仮説をどれだけ磨けるか。後は出せた結果をいかに使ってもらえるか。分析結果から得られたインサイトが意思決定に使え、ひいては収益に貢献できるか。

仕事において価値のある結果を出し続けられるかどうか。そのためにイシューからはじめる。来年もこの初心を忘れずにいたいと思っています。






2013/12/23

2013年末の投資信託→ETFのリレー投資方針

今回のエントリーは資産運用の話です。

この間、少し検討したのは投資信託→ETFへスイッチをするかどうかでした。海外株式への投資として位置づけているのは、今は2つの投資信託です。毎月の自動積立をしています。

このうち、先進国への投資対象としている1つ目の外国株式インデックスeが、この間の世界的な株高もあり値上がり益も合わせると保有額が100万円くらいになりました。一定額に達したということで、次のステップで考えているのはETFへの乗り換えです。もしくはよりコストの安い投資信託へのスイッチ。

候補先は今のところは2つで、

結論から言うと、「外国株式インデックスe」の現在保有額分を2つ目の「MAXIS 海外株式 (MSCIコクサイ) 上場投信」に移し、今後の毎月自動積立を「EXE-i 先進国株式ファンド」でしようと思っています。

投資信託とETFの自分の位置づけは、毎月少しずつ増やすのが投資信託で、一定額になればその分をETFへという感じです。投資信託がフロー、ETFがストックとして使うイメージです。

やり方として、はじめからETF 1本だけを使う方法も考えました。でもそうしないと考えたのは、なるべく運用を自動化したいと思ったのが大きかったです。それと購入コスト。ETFは自動積立設定ができないので、手動で買うことになります。これだと買うタイミングを見極めたくなり、(それはそれでおもしろそうですが)そこまでは今はしたくないと思った次第。

購入コストについては、投資信託であるEXE-i 先進国株式ファンドは保有中に発生する信託報酬のみ(実質年0.35%)で、購入手数料コストはゼロ。解約時に発生する信託財産留保額もゼロ。少ない額で毎月買うのに適したコスト構造です。ちなみに外国株式インデックスeのコストは信託報酬0.53%で、あとはEXE-iと同じです。

一方、ETFのMAXIS海外株式のコストは、信託報酬0.26%が保有中にかかり、購入時の手数料(証券会社によりますが500−600円くらい)、将来の売却時に手数料(購入手数料と同程度想定)と信託財産留保額が基準価額x0.1%です。10年単位とかの長い目で見ると、ETFコストのほうが投資信託よりも安くなります。

残りあと決める必要があるのが、ETFであるMAXIS海外株式をいつ買うか。自分の中では100万という規模はそれなりの額なので、タイミングと、1度で100万なのか、50万ずつ2回に分けるのかの一括 or 分割するかです。実は結構悩ましいところ。

分割しすぎると購入手数料が増えてしまうので、分けたとしても2回までかなと考えています。ここはあまり焦っても仕方ないので、年内に「外国株式インデックスe」を売却し、年明け以降のどこかのタイミングでETFを買おうかなと思っています。


2013/12/22

P&Gの事例から考えるマーケティングリサーチャーとしての自分の役割

Harvard Business Review に、P&G が全社的にどのようにデータを活用しているかが紹介されていました。How P&G Presents Data to Decision-Makers - Harvard Business Review

■ What だけではなく Why と How までいけるか

記事のポイントとしては、グローバルで統一されたデータの閲覧システム「Decision Cockpit」を共有しており、P&G 社内からはどこからでもアクセスができるようになっていること。データから「今の状況」をより早くつかみ、意思決定と次のアクションを決めることに集中していることが書かれていました。

記事の中で印象深かったのが、以下でした。
The real goal is to help them understand quickly what’s going on in the business, and to decide what to do about it. P&G’s CIO Filippo Passerini calls it “getting beyond the what to the why and the how.” If decision-makers have to spend too much time with the data figuring out what has happened in an important area of operations, they may never get to why it happened, or how to address the issue.
特に、「getting beyond the what to the why and the how」の部分。つまり、“What” (何が起きたか) だけではなく、その先の ”Why”, “How” までいくこと。

データを集計し現状などの事実を読み取れると、自分でもよく陥りがちなのは、ここまでで分析プロセスが完了したように感じてしまうことです。上記の P&G の話で言うと、この段階では What でしかないんですよね。

大事なのはその先。

データから読み取った事実からインサイトとして何を得るか、そして、そのインサイトは課題に対して意思決定をサポートするものでなければいけません。

理想はインサイトが意思決定の先の実行までつながること。インサイトという Why / How が机上の空論ではなく、意思決定とアクションに結びついて初めてデータ集計に意味があると思っています。

■マーケティングリサーチの位置づけと自分の役割

自分の仕事にも当てはまります。今の私のポジションは Marketing Research Manager なので、自分の責任の1つはマーケティング課題を解決するような情報やインサイトを出すことです。

あらためて考えると、マーケティングとマーケティングリサーチの関係は、まずマーケティン目的があり、その目的を達成するには超えなければいけないマーケ課題があります。その課題を解決するために、データからわかる事実とインサイトを得ることがマーケティングリサーチの目的です。

マーケティング目的 → マーケティング課題 = マーケティングリサーチ目的

例としてこんなケース。あるサービスには1度は登録したけど、その後は使っていないという「休眠ユーザー」が一定数いるとします。

マーケティング目的を「サービスを使ってくれるユーザーを増やす、特に休眠ユーザーにまた戻ってきてもらうこと」とした場合、マーケティング課題は、休眠ユーザーはどういう人で、なぜ休眠状態になったのかを把握し、それを基に再びサービス利用者になってもらうよう休眠ユーザーにどんなマーケティングアクションをするかになります。

このマーケ課題を解決することがマーケティングリサーチ目的となり、①休眠ユーザーの理解、②なぜ休眠ユーザーは休眠状態になったのか、③休眠ユーザーに何をすればよいかの提言、の3つをリサーチから明らかにすることです。①②でファクトを突き止め、③で意思決定/アクションへのインサイトを出す。

リサーチはあくまでマーケ目的とマーケ課題があり、それに対する意思決定とアクションへの貢献ができるかどうか。Harvard Business Review の記事は、あらためて自分の役割を見つめる機会になりました。


2013/12/21

子どもが泣いた時こそ親の果たす役割がある

娘が9月に生まれたので、今は生後4ヶ月くらいになります。

娘の感情表現に注目すると、以前はしなかったことをちゃんと表現するようになってきました。例えば、話しかけたりこちらが微笑みかけると、娘も笑顔になったります。感情表現とその理由にバリエーションが増えてきました。

ただ、相変わらず、よく泣きます。

泣くことは赤ちゃんにとっては仕事みたいなものだと思ってるので、泣くことは当たり前として受け止めています。が、家で仕事をしている横で泣いて中断しなければいけなかったり、抱っこしている中でずっと泣かれると、泣き止んでよと思ってしまいます。

赤ちゃんが泣くことについて、勉強になったなと思った本がこちら。「ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある」

内容を一言で言うと、子どもが泣くことに親としてどう向け合えばよいかが書かれていた本でした。タイトルが「ちゃんと泣ける子に育てよう」、サブタイトルが「親には子どもの感情を育てる義務がある」。この2つがまさに著者が言いたいことです。

そもそも、子ども、特に赤ちゃんはなぜ泣くのか?赤ちゃんは自分の感情そのままに表現します。多くの場合、それは泣くことで表します。まわりや親の気持ちなど気にせずに。

お腹が減ったり、眠かったり、オムツを替えてほしかったり、親に抱っこしてほしい、このあたりが赤ちゃんの欲求です。自分の生命や環境を守るために、泣くことで知らせているのです。

本書で「確かにそうだな」と思ったのは、泣いている子どもの感情をそのまま親として受け止めることが大事ということでした。

感情を受け止めるというのは、抱っこをしてあげたり、もう少し子どもが大きくなれば、子どもが泣いている元になった感情を親が言葉にして返してあげる。「さみしかったね」「くやしかったね」というこれらの言葉を、泣いている自分の子に親が言葉をかけられるかどうかです。

これだけで子どもにとっては安心感が得られるとのこと。自分が感じたままに泣けることが許されている感、これが大切。

自分の中に(特にネガティブな)感情が生まれ、それが一定のエネルギーに達すると子どもは泣きます。親が正面からその感情を受けとめ共有することで、子どもは自分の感情がわかる。このプロセスを通じて親は子どもの感情を育てることになるそうです。

本書では、ちゃんと泣ける子に育てるために、親としての覚悟が繰り返し述べられています。子どもが泣いた時には「自分の感情」ではなく「子どもの感情」を優先すること。

自分の感情を優先すると、親は泣いている子に対して「泣いてはだめ」と言ってしまいます。自分にとっては今泣いてほしくない気持ちがあるので、そういう反応を子どもにします。一方、子どもの感情を優先すれば、「悲しかったね」と子供が泣いている感情を言葉にできます。

子どもが泣いた時に自分の感情ではなく、子の感情を優先する。実際にこれをやろうとすると、行うは難しだと感じます。自分は親としてまだまだ。




2013/12/15

いつの間にか自分の感覚がスマホ標準になっていた

使うメディアが変わると、いつの間にか使い方/感じ方もそのメディア中心になるんだなとあらためて考えさせられた記事でした。シェアするのに、URLのリンクである必要はない気がしてきた - nanapi社長日記 @kensuu
僕はインターネットに慣れすぎていて、何かのサイトとかページを教えるときに

「そのページのURLを教える」

というのが一番あたまに浮かびがちなのでした。なので、普通に、URLをシェアするような仕組みがあったほうがいいよなー、と思っていたりしたんです。

しかし、最終的には、URLでシェアしないようになったのです。

なぜか。

それは、URLがあって、それをシェアすると、誰しもそのページを見れる、という考え方自体が、かなり今までのPC中心のWebの考え方なので、スマホでのコミュニケーション中心のサービスとはマッチしないのではないかと思ったのです。

nanapi社長日記の別の記事で、これに関連すると思うのがこちら。「暇つぶし」の意味が変わっている? - 細切れの暇な時間を埋めるサービス - nanapi社長日記 @kensuu
昔、僕が暇だと思う瞬間は、予定のない30分、1時間、2時間とかそういう単位のことを指していたんですよね。

そういう暇を潰そうと思えば、映画を見たり本を読んだりしていたものです。しかし、今はちょっと違う時に暇だと感じるんですよね。

それがどういう時かというと、電車に乗っている3分の時間、信号待ちの15秒、エレベーターを待つ時の10秒、みたいな時間に「暇だなー」と思ってしまうわけです。

なんか昔はこういう時間が暇だと感じることはあまりなかった記憶があります。しかし、ケータイで時間が潰せるようになり、すぐに暇つぶしができるようになってから、逆に暇を潰していないと暇と感じてしまうのではないかな、と思い始めました。

1つ目の「シェアするのにURLリンクは必ずしも必要ない」、2つ目の「暇と感じる細切れ時間の感覚が短くなった」も、根っこは同じかなと。

スマホが利用メディアの中心になってくると、これまでのメディア、例えばテレビ・新聞/雑誌・パソコンでは当たり前だったことがそうではなくなると思っています。

スマホを使うシーンをあらためて考えると、他のメディアに比べてちょっとした時間で、調べたりニュースを見たりです。1回あたりの使用時間が短く、頻度が多い。トータルの使用時間は同じでも、使用時間 × 頻度で分解すると特徴があります。

なぜかと考えると、いつでもどこでも使えるモバイル性と、画面の小ささ、次の情報への移行スピードにあると思います。

1つ目のモバイル性は、常に持ち歩いていることと、鞄やポケットから取り出せてすぐに使えるので、スマホはさっと使えるのに便利。一方で、2つ目のテレビ・新聞/雑誌・パソコン等に比べると画面(or 1ページ)が小さいためにメディアとして1回分で表示させる情報量が少ない。かつ、3つ目の次のページを読み込む間の時間がスマホだと長く感じます。

だから、スマホでは、そこに自分にとって必要な情報があってほしい。ページスクロール量が多かったり、何度もリンクをたどったりというパソコンでは普通だったことがスマホではわずらわしく感じます。

例えば、スマホで何かを検索している時。検索をして次に画面に表示されるのは、知りたいと思っている情報があるであろうページへのリンクです。検索→リンクをクリック→知りたい情報、という3つのステップが面倒に感じてしまう。これが1回目のリンク先ページで探している情報がないともう1回同じプロセスが発生しなおさらです。パソコンではこれは普通だったので、感じなかったわずらわしさがスマホでは特に感じます。スマホでは、検索してすぐに知りたい情報があってほしいんですよね(クリックしてページ遷移することなく)。

Yahoo!をはじめ、スマホファーストという言葉を聞くようになりました。これが実現されてくると、いろんなことが結構変わるのではないかなと思っています。


2013/12/14

Davos Experience in Tokyo (vol.10: Big Data) に参加してきました

慶応の石倉洋子氏が主催しているDavos Experience in Tokyoに参加してきました(正式な参加ではなく、会場設営などのボランティアとしてお手伝い)。

Davos Experience in Tokyoは、「ダボス会議の経験を東京で」というコンセプトで、世界的な課題について英語で議論を交わし自身の洞察を深めることを目的とし、月1回開催されています。基本的に英語でのやりとり。

今回のテーマは「How to create Value from Big Data?」(ビッグデータから価値をどうつくるか)。

会場準備などのボランティアとして参加だったのですが、小グループでのディスカッションに参加させていただくことに。異業種のいろんな方と英語での議論ということで、色々と考えるきっかけをもらえました。

■そもそも Value とは何か?

How to create Value from Big Data? を議論するにあたりまず考えたのが、ここで言う「Value」とは何かということ。

自分の考えとしては、Valueとは課題解決をするもので、Valueの前に本来はIssueがあると思っています。Issueという課題設定があって、それを解決するValueに意味があるのか、価値があるのかどうかが初めて見えてきます。

データ分析においては、いきなり分析に入るのではなく、目の前のデータを使ってどんな課題を解くのか。得られそうな結果は、意思決定に使えたりビジネスに貢献できそうか。やみくもにデータ分析をするのではなく、問題をまずは見つけそれをイシューにする。そうして初めてデータ分析に入る。

■「How to create Value from Big Data?」をデータ分析のプロセス視点で考える

How to create Value from Big Data? を議論した時に、自分の頭にあったのは、Big data からValue までにはいくつかプロセスがあるということでした。ビッグデータさえあれば一足飛びにValue ができあがるのではなく、そこに至るために必要なステップがある。

(本来は手に入れるところからですが)すでにビッグデータがあるという前提で考えると、
  1. 課題設定
  2. データ集計/分析
  3. その結果から何がわかったのか(インサイト)
  4. インサイトを何に使うのか(意思決定など)
  5. 課題解決に貢献(= Value)。
これが今回のテーマである「How to create Value from Big Data?」をデータ分析のプロセス視点で考えた時の流れです。このプロセスはビッグデータであろうがそうではないデータであろうが、共通だと思っています。

なんとなく受ける世の中のビッグデータに対する期待として、データがビッグデータになれば課題解決ができるような印象を私は持っています。もちろんビッグデータを活用することで、これまでのデータではわからなかったことが見えることもあります。結果としてこれまでにないValueが生まれる。

ただ、忘れないようにしたいのは、(ビッグ)データは道具にすぎず、何のためにその道具を使い、どう活用するのか、データから何の知識を得て、どんな価値を生み出すのかを行なうのは人間です。データそれ自体は使われるツールにすぎない。

「How to create Value from Big Data?」を議論したことで、あらためて考えたことです。


2013/12/08

プロセスのほうで「やりがい」をつくってみる

そうありたい言葉の1つに「仕事が楽しいのではなく、楽しく仕事をする人がいるだけ」というものがあります。

同じ仕事でも、その仕事に対してどう考えるかで楽しくもなるし、その逆もあります。

では、どういう時に仕事が楽しいと感じるのか?自分の経験から考えると、何か使命感のようなものがあったり、やりがいを感じている時です。

「やりがい」とはよく考えると不思議なものです。どういう状態になれば人はやりがいを感じるのでしょうか?

堀江貴文氏の著書「ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく」で印象的な記述がありました。
やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」ものだ。そして、どんな仕事であっても、そこにやりがいを見出すことはできるのだ。

(中略)

マニュアル(前例)どおりにこなすのではなく、もっとうまくできる方法はないかと自分の頭で考える。仮説を立て、実践し、試行錯誤をくり返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「つくり出す仕事」に変わっていくのだ。

(中略)

やりがいとは、業種や職種によって規定されるものではない。そして「仕事をつくる」とは、なにも新規事業を起ち上げることだけを指すのではない。能動的に取り組むプロセス自体が「仕事をつくる」ことなのだ。すべては仕事に対する取り組み方の問題であり、やりがいをつくるのも自分なら、やりがいを見失うのも自分だ。どんな仕事も楽しくできるのである。

仕事にはプロセスと結果の2つがあります(これは仕事に限らずですが)。

ここ最近感じているのは、やりがいを「結果」に対して求めるよりも「プロセス」の中のほうがいいのかなということ。

もちろん結果に対してやりがいを感じることもあるし、それを否定するわけではありません。例えば、成果が出た時やお客さんに「ありがとう」と言われると、それまで大変だったとしても全て報われたと感じます。

ただ、結果にやりがいを見出そうとすると、満足できる結果が出ればいいのですが、失敗したり必ずしも満足のいく結果ではない場合もあり、やりがいを感じるかどうかが結果に左右されてしまいます。

それよりも、自分でコントロールできる余地の大きいプロセスのほう。前向きに、能動的に取り組み、仕事に対してそれも目の前のことにハマるような感覚が生まれる時にやりがいを感じます。個人的にはここ数週間くらいがまさにそうでした。

やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」もの。前者は何かすでに存在し or 与えられているという前提です。そうではなく、自分がつくっていくもの。こう捉え直してみると、違った見方ができるかもしれません。




2013/12/07

自分の仕事をコンピュータに奪われると悲観するか、新たに価値を出すために前向きに捉えるか

仕事をしていてふと考えることがあるのが、自分がやっていることは他の人にもできるのだろうか、ということです。「他の人」というのは、人間だけではなくコンピュータなどの自動化も含めてです。

自分がやっていることがすぐに機械に置き換わるわけではないですが、やろうと思えばできそうなこと、近い将来には取って代わるだろうなと思うと、なんとなく自分の中で危機感を覚えます。

私の今の仕事内容の1つをすごく簡単に言うと、①データ分析をするための課題/仮説を設定、②その目的に応じたデータ分析をする、③分析結果からインサイト/結論を出してマーケティングや営業等のビジネスに貢献する、となります。

この3つのうち、機械化が最も適用できそうなのは②の部分です。すでに今でも集計の大部分は機械(コンピューターの中)でされていて、結果が数表やグラフとして出てきます。人間の役割は、どういうグラフを作るとデータ分析目的を達成できるか、そのためにどう集計するかを考えることです。それを実際に作るのはパソコンだったり、外部ベンダーの方に集計をしてもらう。

で、考えるのが、②の全部もそのうちに人間ではなく機械がやれてしまう状況が来るのではないかなということです。例えば、「こういう分析をしてほしい」とざっくりとでも機械に命令すれば、あとはコンピュータが勝手にやってくれる世界です。

これは2つの見方ができて、1つはコンピュータがやってくれる分、自分は別のことができます。②を任せられるので、自分(人間)は①や③に注力できる。

もう1つの見方は、自分の仕事が機械に奪われるということ。仮に自分の役割が①〜③ではなく②だけで、ここが機械が全部やるようになると、極端なことを言えば自分がいなくてもいいわけです。

これが、①〜③の全てをコンピュータがやれるようになるとどうでしょうか?自分の今のメインの仕事が全部、機械がやってくれるので、何か他で自分の価値を出さないと存在意義が問われます。

自分自身の感覚として、①データ分析をするための課題/仮説を設定と、③分析結果からインサイト/結論を出してマーケティングや営業等のビジネスに貢献する、の部分はしばらく(数年〜10年くらい)は、人間がまだ優位な領域だとは思っています。しかし、将来はテクノロジーの進化が①③までもコンピュータのほうが優れた成果を上げることも普通に有り得そうです。その時までに自分のどの部分を他の人だけではなく機械に対しても強みと言えるのか、そうなるために何をしておくのかは、これからも折を見て考えていきたいと思っています。

自分の仕事をコンピュータに奪われると悲観するか、新たに価値を出すために前向きに捉えるか。

2013/12/01

ようやく確定拠出年金が自分事に

2014年から日本版ISAであるNISAが開始されます。

個人的にNISAよりも今関心があるのが、日本版401kとも呼ばれる確定拠出年金。なんとなく制度は知っているものの、実際に活用するかどうかまでの検討ができていませんでした。

確定拠出年金は大きくは企業型と個人型に分かれます。企業型は会社が導入して社員のために運用されます。個人型は個人が自分で積立金を出します。

これまで個人型確定拠出年金はなんとなく後回しで来てしまったのですが、「年利15%でふやす資産運用術」という本を読んで考えが少し変わりました。本書の説明はわかりやすかったです。

■個人型確定拠出年金とは

そもそも個人型確定拠出年金とは何か?
  • 制度:加入者個人が毎月掛け金を支払い、預金や保険、投資信託などで運用する制度。運用先は自分で選べる。運用次第で受け取る金額が変わる。年金としての受給開始は60-70歳の間で選択
  • 加入できる人:勤務先に企業年金制度(確定給付企業年金/厚生年金基金など)・企業型確定拠出年金のない会社員、自営業やフリーランスなどの第一号被保険者
  • 掛け金の額:会社員は月額5000円〜2万3000円まで。自営業者は月額5000円〜6万8000円まで
  • 留意点:60歳まで引き出せない。商品の中には元本割れする可能性があるものもある

私の場合は今は会社員なので、以下の2つの条件を満たしている場合のみ、個人型を使うことができます。①勤務先の会社に企業年金制度がない、②勤務先の会社が「企業型」確定拠出年金を導入していない、の両方を満たすこと。

個人型確定拠出年金のコストは、初回加入時のものと、運用中に継続で発生するものに分かれます。
  • 加入時の手数料:口座の開設手数料(2700円)
  • 掛け金収納手数料(100円/月)
  • 財産の管理/保全(信託報酬など)
  • 届出書受理や資料提供の手数料。これは各金融機関で大きく違うそう

■個人型確定拠出年金のメリット

個人型確定拠出年金のメリットは税制優遇にあります。3つあって、
  • 毎月の掛け金が全額所得控除される。その分、所得税/住民税の支払額が減る
  • 運用中に得られる利息/値上がり益が非課税となる
  • 将来の受け取る際には、退職所属控除/公的年金等控除の対象になる。税負担が軽くなり手取り金額が大きくなる

1点目は具体的な例で言うと、課税所得が年600万円の人は、本来は所得税率20%と住民税10%がかかります。合わせて180万円の税金。

これを毎月1万円を個人型確定拠出年金として支払うと、年間12万円が課税所得600万から控除されるので課税所得は588万円。支払う所得税+住民税は30%分の176万4000円。さっきの180万と比較すると、年間で3万6000円だけ納める税金が安くなるということ。

所得が多い人ほど、月々の確定拠出年金への掛け金が多い人ほど所得税+住民税の軽減効果は大きくなります。

■個人型確定拠出年金を扱っているSBI証券を見てみると…

これは実は知らなかったのですが、金融機関の全てが個人型確定拠出年金を扱っているわけではないようです。国民年金基金連合会のサイトに一覧があります。

また、扱っている投資信託などの金融商品も違っています。個人型確定拠出年金をするなら、馴染みもあるSBI証券かなと思っています。本書でもコストが低いことで推奨金融機関の1つでした。

で、SBI証券の個人型確定拠出年金の金融商品一覧を見ていて気付いたのが、「EXE-i先進国株式ファンド」などのEXE-iシリーズが対象になっていること。これがあるSBI証券は魅力。コストが低く抑えられており、60歳まで引き出しをしない長期運用として相性が良いと思います。

現時点では、個人型確定拠出年金がかなり自分事化したので、SBI証券に先ほど資料請求をしました。

実際に個人型確定拠出年金に加入するかは、自分の今の会社に、①企業年金制度がない、②「企業型」確定拠出年金を導入していない、をもう1回ちゃんと確認しないといけないと思っています。

★  ★  ★

最後に蛇足ですが少し。

個人型確定拠出年金のメリットが税制優遇、要は支払う税金が少なくなることにあります。自分でそう書いた一方、税金を支払うことは国民の三大義務の1つなんですよね(あと2つは勤労と子どもに教育を受けさせること)。

納税は三大義務と高く位置づけられているのに、いかに支払う税金を少なくするか、を考えることに違和感は残るのが正直なところです。

税金が国民一人ひとりから支払われ、国や地域の運営に適切に使われる。政治とはそもそもは集めた税金をいかに活用して日本という国を豊かにするか。自分が支払った税金が効果的に使われ、それを国民が実感できる社会が本来あるべき姿のはず。

でも、税制優遇に魅力を感じる時点で(いかに支払わないかを考える時点で)、現実はそうはなっていないと思います。来年4月からの消費増税も併せて、税金についてはもっと意識しないと、とあらためて。





雑誌Numberの90年代スポーツ特集がおもしろかった

スポーツ雑誌のNumber2013/4/4号は、1990年代のスポーツ特集でした。

特集タイトルは「追憶の90’s 〜あの頃、誰もがスポーツに熱かった」。各スポーツの90年代名シーンがまとめられており、思わず手に取って懐かしく読めました。

■90年代のスポーツハイライト

野球:90年代のハイライトの1つは野茂英雄のメジャーリーグでの活躍。野茂が果たしたパイオニアとしての存在は大きく、その後、イチロー・松井秀喜・松坂大輔・ダルビッシュと続いていった。独特のトルネード投法で大リーグの強打者相手に真っ向勝負をし、三振の山を築く。両リーグでのノーヒットノーランを成し遂げメジャー史上4人目の快挙達成も。

2013/11/30

育児には積極的だった夫。でも妻が家を出た理由




もうすぐ娘が生後3ヵ月なので、考えさせられる記事でした。

育児には積極的なつもりだったが… 妻が家を出た理由:日本経済新聞

■ 妻が家を出るまでの経緯

記事はある夫婦の話です。長男が1才になり保育園に預けたタイミングから妻も職場復帰しました。

共働きをするにあたり、2人で決めた夫の役割分担は、子どもの朝の支度と食事の面倒、保育園へ送る、仕事が早く終わった日は入浴も担当、土日はできるだけ育児に参加することでした。

しかし、現実は夫の平日の帰宅時間は21時や22時になることもたびたびで、平日夜の子どもとの入浴はほとんどできませんでした。

一方で同僚と飲みに行くのは、子どもが生まれる前より減らしたとは言え週1ペースでした。休日は月2回のフットサルに参加します。夫は「育児は十分手伝っているし、仕事のストレスも解消したい。これぐらいのペースの息抜きならば許されるだろう」と高をくくっていました。

その後どうなったのでしょうか。以下は記事からの引用です。

妻が職場復帰して、半年後の朝。「今日は飲み会で遅くなる」と伝えた途端、妻が爆発した。「もう無理!このままじゃ今の生活、続けられない!」。家庭を顧みてくれないことへの不満が、マックスに達したのだ。しかしその日は、残業続きで疲れていた山崎さんの虫の居所も悪かった。「俺だって疲れているんだ!お前たちのために夜遅くまで働いているんだから、これぐらいいいだろう!?」

「最悪な発言ですよね(苦笑)。言ってしまってから、『しまった…』と思いました。いくらイラっとしていても、この言い方はまずかった。妻は絶句した後、『もう顔も見たくない』とポツリと。まいったな…と思いながらも、出勤時間が迫っていたので、妻を置いて子どもを保育園に連れて行きました。そして、その日の夜に家に戻ったら…家は真っ暗、そしてリビングのテーブルに、『出て行きます』との書き置きがあったんです」

■ なぜ妻の不満が爆発したのか?

最後のシーンで、家庭を顧みてくれないことに妻の不満が爆発しています。なぜそうなってしまったのかの原因を考えてみると、2つあるように思いました。

1つ目は、夫の有言不実行です。

夫の役割として2人の間で決めていました。子どもの朝の支度と食事の面倒、保育園へ送る、仕事が早く終わった日は入浴も担当、土日はできるだけ育児に参加です。後半の「仕事が早く終わった日は入浴も担当」「土日はできるだけ育児に参加」はあまりできていなかったことが記事から読み取れます。

妻からすると、2人で決めた約束なので当然やってくれるという期待があるのに、現実はできていません。夫がやってくれないので、自分がやることになります。

妻の不満に拍車をかけたのが、夫が役割を果たさない理由の中に、週1の飲み会と月2回の休日フットサルだったことです。妻側が、夫の飲み会/フットサルに相当する家庭外の予定や趣味をどれだけやっていたかは記事には書かれていませんが、妻からすると夫は自分だけ楽しんでいるという不満も溜まっていたはずです。

2つ目が、育児への認識の違いです。

記事の中で「育児に参加」「育児を手伝う」という表現が出てきます。夫は「育児には積極的に参加しているつもりでした」と言っています。

そもそもの話で、育児に参加とか手伝うという表現は、夫の中で「育児を中心的にするのは妻のほう」という気持ちがどこかにあったと思います。妻が育児に対してどう認識しているかは記事には書かれていませんが、おそらく参加/手伝うとは思っていないはずです。

妻が持っていた育児への前提として、そもそも参加とか手伝うものではなく、当たり前のこととして自分たちがやるものです。一方の夫は参加するものと捉えています。このボタンの掛け違いが、妻の不満爆発につながったように思います。

■ 問題解決は可能?

どうすれば問題解決になるのでしょうか。結局は2人で話し合うしかないと思いますが、1点目の有言不実行に関しては、現実的にできること/できないことをクリアにすることです。できない役割を掲げていても妻の不満が溜まるだけなので、役割分担を見直します。夫が飲み会/フットサルへ行くのであれば、妻もそれに相当する息抜きの時間を確保する、などです。

曖昧な役割の見直しも有効です。当初の夫の役割のうち「仕事が早く終わった日は入浴も担当」「土日はできるだけ育児に参加」について、前者は早く終わったら、後者はできるだけ、と曖昧です。これを例えば、平日は3日は夫が入浴を担当、土日のどちらか1日は◯◯と△△を担当する、などのようにわかりやすい役割にします。

2点目の育児への認識の違いは、これを機に夫側が捉え方を変えるか(妻と同じレベルにする)、認識の違いをお互いが理解し認められるならそれはそれで良いでしょう。ギャップはあるけど2人でそれを理解し乗り越えられるなら構わないと思います。(ただ、この2点目に関しては根が深いように思うので、1つ目に比べると時間がかかるかもしれません。そもそも2人が育児への認識の違いに気づくかもわからないです)

日経の記事は続きがあるようなので、2人がどう乗り越えるのかは気になるところです。


2013/11/24

脳卒中の息子を授かったある夫婦の「発想の転換」




TED にいい話があったのでご紹介します。

ある夫婦の Talk で、2人の子どもであるマリオの話です。

マリオは、生後10日で周産期脳卒中が見つかりました。脳の右側が欠けた状態で、左半身の自由が利かないマリオを前に夫婦は苦しみます。マリオは正常になるのだろうか?充実した人生を送れるのか?という不安です。

プレゼンでは、不安に直面した親が、いかにしてその状況を転換させていったのかが語られています。


Roberto D'Angelo + Francesca Fedeli: In our baby's illness, a life lesson - YouTube

リハビリを続ける中で、夫婦はあることに気付きます。

マリオが見ているのは自分たち親です。であるならば息子にとって自分たちは良い鏡であるべきではないか。息子を障害がある「問題」として扱うのではなく、息子は息子として見る。成長の機会として扱おう、と。

この発想の転換を堺に、夫婦とマリオの時間は変わっていきます。

「マリオに受け継がせたい私たちの強みは何か?」。自分たちが好きなことなど、マリオに見せられる最高のものを見せてやろうと決めたのです。

TED のコンセプトは「Ideas worth spreading」(広める価値のあるアイデア) です。

夫婦がマリオの成長を通じて得たアイデアは、Consider what you have as a gift. Consider what you miss just as an opportunity.

自分が授かったものを見つめ直し (授からなかったものばかりに目を向けるのではなく) 、授からなかったものはチャンスと捉えることです。

夫婦の考え方の転換を一言で表現するなら、自分たちが置かれた状況を受け入れ、前向きに捉えたことです。前向きな姿勢になったことで、マリオとの関係が180度変わりました。

このストーリーを見て思ったのは、大切なのは自分たちに起こったことではなく、起きたことにどう対応するかです。人生とはその対応の積み重ねだなということです。

私の好きな考え方に、「刺激と反応の間には選択の自由がある」という言葉があります。

何かが自分に起こったという刺激に対して、自分の感情反応は1つではないと捉えます。

刺激⇒選択⇒反応とあって、刺激と反応の間には「選択の自由」を持っている、という考え方です。選択は自分次第なのであれば、前向きな姿勢でありたいです。

ご紹介した TED では、最愛の息子であるマリオが最後にステージに登場します。

困難な状況であっても、前向きな意識を持っていれば、あるいは前向きに考えるようにすれば、「できない理由」ではなく「できる理由」から入れるはずです。

元気なマリオの姿を見て、あらためてそんなことを考えさせられました。

日本語の字幕付きの動画はこちらなので、興味のある方はぜひ。


ロベルト・ダンジェロ+ フランチェスカ・フェデリ: 我が子の病気から学んだ人生の教訓 | Video on TED.com


※関連記事
刺激と反応の間には「選択の自由」がある
鏡に映った自分とどう向き合うか
「選んだ選択肢を正しくする」という考え方


2013/11/23

新興国マーケットへの投資方針を変えました




資産運用を再開してから1年くらいが経ちます。今のやり方は、毎月の自動積立を投信信託へ、投信で一定額に達したら ETF の株式に移し替え、というものです。

現在、自動積立をしている投信は以下の5つです。


これまでは5つへの積立額は均等配分でした。「外国株式インデックスe」「SMT 新興国株式インデックス・オープン」が海外株式への投資、残りの「ひふみ投信」「コモンズ30」「結い2101」は国内株式への投資と位置づけているので、海外:国内 = 2:3 の割合です。

今後の配分は「SMT 新興国株式インデックス・オープン」のみを下げようと考えています。他の4つに比べて 1/3 程度に減らします。

理由は、新興国マーケットが2014年以降は伸び悩むのではと考えているためです。

この判断の根拠のうち、特に参考にしたのが「新興国 中・韓・印・露・ブラジル経済総くずれ: 日・米は支えきれるか? 」という本でした。著者はエコノミストである中原圭介氏です。

タイトルにもあるように、中国、ロシア、ブラジル、インド、韓国を中心に新興国が経済的にも政治的にも複数の問題を抱えていることが書かれています。まとめると、次のようになります。

  • 汚職の蔓延:中国/ロシア/インドでは賄賂がないとビジネスがうまく行かない。特に道路等のインフラ工事で顕著、工事額から賄賂分が抜かれるため、手抜き工事につながる。脆弱なインフラになり国内の生産性が低下 (海外企業の投資低下の一因に)
  • 格差拡大:汚職の蔓延から特権階級の資産が膨らむ。中国では格差拡大から年間20万件を超える農民の暴動が発生。共産党独裁政権を揺るがすまでの事態に発展している
  • 資源バブルの終わり:アメリカのシュールガス/シュールオイルの影響で、今後は世界的に天然ガス/原油/石炭の価格が下がる。それにより、鉄鉱石/銅/アルミニウムなどの資源、穀物価格も下落する。資源大国であるブラジル (鉄鉱石) とロシア (天然ガス/原油) への影響必至。両国にはこれまでの資源価格高騰が恩恵を与えていたが、一転する
  • 借金経済:中国のシャドーバンクの問題。ブラジルの家計の借金。リーマン・ショック前のアメリカ家計の借金が住宅価格高騰で支えられていたように、ブラジルでは鉄鉱石の価格高騰が家計の借金を支えていた。鉄鉱石の価格は2011年をピークに下がってきている

それぞれの国が複数の問題を抱えています。どれも構造的な問題で、簡単には解決しないと思いました。

新興国への投資と位置づけているのがインデックスファンド「SMT 新興国株式インデックス・オープン」です。これまでの投資配分からどこまで下げるかを考えた時に、ゼロにする選択肢もありました。しかし、10年タームくらいの長い目で考えた時には、下がり続ける可能性は小さいと思い、自動積立による投資は継続すると判断しました。結果、これまでより3分の1に縮小で落ち着きました。

世界の出来事はいろんな形で連動していて、連想をしながら考えるきっかけを与えてくれるのが投資のメリットの1つだと思っています。




2013/11/16

転職して6ヵ月経ちました:環境を変えること

先日、通勤定期を更新しました。定期は6ヵ月を使っています。

これは何を自分にとって何を意味するかと言うと、通勤経路が変わった、すなわち転職して6ヵ月が経ったということです。半年という区切りなので、環境を変えることについて考えてみます。

転職というのは、仕事の環境が大きく変わります。

それによって、自分の中での考え方や価値観も少なからず変わるもの。否応なく、新しい環境への適応が必要になります。

転職の意義はそれを通じて自分がどう変われるかだと思います。受け身で「変わる」というよりも、自らの意志で「変われるか」。

転職をしたから見えてきたことに、同じ組織に長くいると「ものさし」が固定化してしまうことがわかりました。ものさしというのは、自分自身への評価であったり、自分の仕事の立場/役割、業界への見方、などなど。

例えば、自分の強みだと思っていたことが、新しい環境になることでもっとすごい人が普通にいたりだとか、逆に意識していなかった自分の考え方/やり方が転職後には重宝されたり。こうした自分を客観視する「ものさし」が場を変えることで変わったり、新しく増えます。

うちの会社には評価制度に上司だけではなく、一緒に仕事をしたメンバーの評価もあります。クロスファンクションと言って、異なる組織や国で仕事をすることも多く、色々なプロジェクトでいろんなメンバーと仕事をし、そのメンバーに評価してもらう制度です。

ちょうど最新の評価が返ってきて、発見だった1つに「Noと言えること」という評価点がありました。データや事実に基いて中立的/客観的な視点や意見を言える、チームが進めた方針/ストーリーであっても、データからそれは言えないとNoと言えることを評価してもらえたのですが、これまでは自分の中では意識していないことでした。

しかし、いろんな人を巻き込んで行ったり、リーダーシップについては、評価としては満足できるものではなかったので、今後の自分の課題だとあらためて思いました。これも転職をして初めて見えてきたことです。

新しい環境は自分を磨くチャンスです。一方で、より難しいチャレンジが伴う場合は失敗/挫折も経験するだろうから「前の環境のほうがよかった」と後ろ向きになることもあるでしょう。つまり、転職にはプラスとマイナスの幅の大きさが、転職をせずに残るよりも大きく、それだけリスクがあります。

リスクをどう捉えるか。もし、自分の中で少しでも「やってみようかな」と思えるのであれば、挑戦したほうがよいのでは。転職をして半年ほど経った今はそう言えます。仕事がマンネリ化していたり、以前ほど考えたり試行錯誤がなくても目の前の仕事がこなせるようになってきたら、新しい環境に移るタイミングです。

2013/11/10

5分で1冊を読むような「速読」は、「熟読」があってのもの

読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門の著者は佐藤優氏。

佐藤氏は、月平均で300冊以上を読み、多い月で500冊を超えるようです。1ヵ月で300冊ということは1日に10冊読んでいることになります。ちなみに本は4万冊を持っているとのこと。

この本は、タイトル通り佐藤氏の読書の仕方が紹介されています。年間300冊もどうやって読んでいるのかが気になります。

佐藤氏は読書の技法は3種類あるとします。超速読(5分)、速読(30分)、熟読。佐藤氏が言う速読と熟読の関係は「熟読のために速読がある」。速読の目的の1つが、時間をかけて読む必要のない本かどうかを判断すること。その本が自分にとって有益なのかを仕分けするのが速読です。1冊の本を5分くらいで読む超速読の方法は以下のとおりです。

超速読の技法:
  • 序文の最初の1ページと目次を読む
  • それ以外はひたすらページをめくる。文字は読まずページ全体を見る。気になる箇所は印をつける(シャーペンで印。ポストイット貼る or ページ折っておく)
  • 結論部のいちばん最後のページを読む
  • 本全体の印象をつかむ。同時にその本で読むべき箇所の当たりをつける

超速読の目的は、時間をかけて読むに値する本かを判断する仕分けと、この本はこの部分だけを重点的に読めばよいという当たりをつけることにあります。特徴はシャーペンで印をつけポストイットを貼るなど、本を「汚く読め」と言っている点です。

超速読をして、時間をかけて読む価値があると判断できれば熟読をします。読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門で役に立ったのは、超速読の方法よりも、1冊の本にじっくりと時間をかける熟読のほうでした。

もし時間が無限にあるのであれば、全ての本を熟読できます。しかし、現実はそうではありません。1日の中で読書にかけられる時間は限られており、もっと言うと人は死がある以上、人間は時間の制約という最大の制約条件を抱えています。だからこそ、有限の時間の中で、どの本を熟読し、どの本に時間をかけないかの判断が重要なのです。熟読ありきの速読です。

佐藤氏は熟読では3回は読めと言います。

熟読の技法:
  • 線を引きながらの通読。シャーペンで印をつけながら読む
  • 1回目で印をつけた部分で、特に重要だと思う部分をノートに写す
  • 結論部分を3回読み、再度通読

超速読では1冊に5分。熟読では数日、中には1週間を超える期間をかけます。それくらい時間を使って精読する価値があるかを判断するのが速読です。

人は一生の間に読める本の数は限られています。1週間に2冊ペースで読めば年間100冊。それを50年続けても5000冊程度です。世の中で存在する本に占めるわずかでしかありません。読む価値のある本にどれだけ巡り会えるか。速読と熟読を使い分け、読むべき有益な本にちゃんと時間をかけられるような目利きができるようにと思っています。




2013/11/04

「人間としての信頼」と「選手(仕事)としての信頼」

サッカー日本代表で、ドイツのブンデスリーガで活躍する内田篤人選手。内田選手の著書である「僕は自分が見たことしか信じない」に、とても共感することが書かれていました。

サッカーに限らずチームスポーツにおいて、最も大事なことは周りから信頼を得ることだと思う。そのために僕が心がけていることは、練習をまじめにやる。文句や愚痴を言わない。普段からありのままの自分でいること。これは意識してやるようにしている。

でも、プロの世界ではこれだけじゃ足りないんだ。人間としては信頼を得られるかもしれないけれど、選手としては信頼を得るためには、やはり試合で結果を出して、実力を認めさせなければいけない。どこの国でも、どこのチームでも、そうしなければ本当の意味で信頼を得ることはできない。

2013/11/03

人生の分かれ道で迷ったときに「直感」に従うのは理にかなった方法っぽい

恋人である彼女から「この2つの服、どっちがいいかな?」と聞かれた時に男性はどう答えたらいいか。雑誌かテレビかで紹介されていたのは、直接答えるよりも「自分がいいと思う方を選んだらいいよ」と言ってあげることらしいです。なぜなら、彼女の中ではもう決まっていて、その選択の後押しが欲しいからだとか。

書籍「脳には妙なクセがある」でこれに関連して書かれていたある研究結果がありました。

本人が「まだどちらかにするか決めていない」と思っていても、実は無意識下ではすでにどちらかに決めているというもの。当人としては意識せず自覚がない決断でも、無意識の自分はすでに決めているそう。

これが本当だとすると、何か選択にどうしても迷う時には少し気が楽になるかもしれません。「どうせ無意識の自分の中では決まっているんだし」という感じで。

決断における無意識と意識の乖離は興味深い話です。意識の自分が判断する前に、無意識の自分がもうすでに決めているという。

この内容を読んで思ったのは、決断と直感のことです。

人生では、右へ行くか or 左へ行くかで迷う「分かれ道」があります。進学/留学、就職/転職、結婚、あるいは引越しや家などの大きな買いものをするなど。

いろんな条件を考えてどっちへ行くか迷い、最後には意志で決めるものですが、どうしても迷う場合は直感で選ぶケースがあるでしょう。自分のこれまでを振り返ってみても、少なからず直感に従った経験があります。直感なので明確な理由がなく「なんとなくこっちがいいと思った」くらいにしか言えないもの。

「意識の自分が判断する前に無意識の自分がもうすでに決めている」という話は、意志を持って決める前に「直感」ではすでに決まっているとも言えるように思います。だとすると、決断に迷う場面では直感に頼るというのも、実は脳の仕組みからすると実は理にかなった方法なのではと。

そう考えると、直感が下す判断をどうすれば鍛えられるのか?1つ言えるのは、過去の自分がどれだけ良い経験をしているかどうかだと思います。

何を持って良い経験かは人それぞれだと思いますが、自分自身の場合は、自分の気持ち/感情にウソはつかないこと、ミスや失敗も目をそらすのではなくちゃんと向き合ったり、好奇心を大切にし新しいことに挑戦すること。また、直感の存在を普段から意識しておくことです。意識の自分が「無意識の自分」の存在を意識しておきたいなと。




2013/11/02

身体行動が先で、脳でそれに見合った感情が形成されるという「脳の妙なクセ」がおもしろい




「脳には妙なクセがある」という本がおもしろかったです。著者は脳研究者である池谷裕二氏。脳の最先端の研究結果がわかりやすく紹介されています。

いろんな脳の「クセ」が書かれていて、中でもおもしろいなと思ったのは、脳と身体の関係でした。

例として説明があったのは、楽しいという気持ちと笑顔の関係。一般的な理解としては、楽しいから笑うという順番でしょう。

ところが研究からわかってきたのは、笑顔をつくるから楽しいという逆の因果。その研究によると、笑顔の表情をつくるとドーパミン系の神経活動が変化をするそうです。ドーパミンは快楽に関係した神経伝達物質なので、笑顔をつくることで楽しくなる。

本書によれば、このような身体の変化が先で、脳が後という順番は笑顔だけに限らないようです。恐怖や嫌悪の表情をすることで、脳に恐怖/嫌悪の感情を生むスイッチが入るそう。

表情だけでなく姿勢でも当てはまるとのこと。ある実験では、姿勢が自己評価に与える影響を調べ、背筋を伸ばした姿勢と背中を丸めた姿勢で、被験者に自己評価をしてもらったところ、姿勢を正したほうが自信を持てる結果が出たようです。日本では柔道や弓道、茶道の世界では姿勢の重要性が強調されますが、脳の仕組みにおいても理にかなっているのでしょう。

このように表情や姿勢という身体変化を通じて、その行動に見合った心理状態を脳が生み出すのです。行動→意識変化の順番。

誰にでも一度は経験があると思うのは、面倒だと思うこともちょっとやり出すと気づいたらが手をつける前はめんどくさいと感じていても、いざ掃除を始めてみると気分が乗ってきて部屋がすっかりきれいになったという経験です。

脳と身体の関係を一般化すると、身体行動が先で、脳でそれに見合った感情が形成されるということです。得られた示唆としては、行動を変えることで意識を変える。

「何ごとも始めた時点で、もう半分終わったようなもの」とはよく言ったもの。迷うようなこともとりあえず行動してみる。そうすれば後から気持ちはついてくるはずです。心(脳)は身体行動から派生することは覚えておきたいと思いました。




2013/10/27

赤ちゃんの抱っこ中に重宝しているTEDのPodcast

ここ最近、Poscastにハマっています。

■赤ちゃんの抱っこ中にPodcastが便利

発見だったのが、PodcastにはTEDがあるんですね。TEDのパフォーマンスが映像でPodcastで配信されています。

英語以外にも日本語や他の言語のチャンネルがあり、日本語バージョンでは日本語の字幕が表示されます(音声は英語)。チャンネルはビジネス、テクノロジー、教育などのカテゴリーでも分類されています。

他にも英語のニュースなどのPodcastを使っています。Podcastを重宝しているのは、もうすぐ生後2ヵ月になる娘がいるのですが、抱っこしている時にPodcastが便利なんです。

抱っこしてしばらくすると娘は寝てしまいます。寝てすぐに娘をベッドに置ければいいのですが、寝ていてもベッドに置いた瞬間にまた泣き出します(よく抱っこが終わったのがわかるなと感心)。なので、寝てもしばらくは抱っこをしているのですが、それが30分とか1時間くらいになるので、その時間がヒマになります。

初めは本でも読んでみようと思いましたが、両手が抱っこでふさががれているのでページをめくるのがうまくできませんでした。電子書籍のキンドルも似たような状況。そこで次にやってみたのが耳からOKではと思い、Podcastでした。娘を抱っこしながら、iPadでPodcast(特にTEDとかの英語コンテンツ)を楽しむというのが最近です。

TEDのPodcastは例えば以下。

Podcastの良いところは、コンテンツが更新されれば自動でダウンロードされること。ユーザーから見るとPush型のコンテンツ配信です。

TEDって、おもしろいコンテンツが多い反面、個人的に感じていたのがどのコンテンツを選んだらよいかを迷い、そのうちに選ぶのが少し面倒になってくる。そうすると見ようと思うのにハードルが上がるんです。Webブラウザ上のTEDのページも、TEDアプリも同様でした。それがPodcastでは気軽に見ようと思えます。コンテンツの更新頻度は過去の履歴を見ると各ジャンルで1ヶ月に1本あるかないかくらいですが、当面は飽きることなく利用できそうです。

■TED「赤ちゃんは語学の天才」

今回のエントリー内容に関連して、TEDコンテンツを1つご紹介します。「The linguistic genius of babies」(赤ちゃんは語学の天才)というテーマのプレゼンです。おもしろいと思ったのは、
  • 7歳くらいまでの子どもは第二言語を学ぶ能力が高い。以降は年齢が上がるごとに下がる
  • 中でも赤ちゃんは言語能力が長けていて、生後6-8ヵ月の赤ちゃんはどの言語の音も聞き分ける能力がある(例:日本人の赤ちゃんでも英語のRとLの発音は脳では聞き分けている)
  • 10-12ヵ月くらいになると、母国語とそれ以外の言語を聞く能力に差が出てくる
  • 赤ちゃんに母国語以外の言語を聞かせる場合、①TVなどから聞かせる、②人が直接話しかける、では②のほうが効果が高い

自分の娘を見ていて思うのですが、生後すぐの状態から日々成長しているように感じます。肉体的な変化であったり、見せる表情/感情も多様になります。母親の身体から出て、新しい世界への適応を赤ちゃんなりに必死にやっている感じです。

親が話す言語をなんとか理解しようとする姿勢がどんな言語も聞き分ける脳を持っていたり、TVなどからではなく人から直接話すほうが言語を聞き取る能力向上に効果があることも、スポンジのように何でも吸収する時期だからこそ、上記の研究結果も納得のできる話です。

今回ご紹介したTEDの「The linguistic genius of babies」(赤ちゃんは語学の天才)は10分くらいの動画なので、興味のある方はぜひ。


パトリシア・クール 「赤ちゃんは語学の天才」2011 - YouTube
日本語字幕なしの英語版はこちら


2013/10/26

資産7500万円をパーセントで引き出すという発想の転換

書籍「忙しいビジネスマンでも続けられる 毎月5万円で7000万円つくる積立て投資術」で推奨されている資産運用はとてもシンプルでした。

■続けることを意識したシンプルな投資術

本書では「大きく動かすこと」より「小さく続けること」を大切にする考え方がベースにあって、運用方法は
  • 月に1度の引き落としで自動積立て
  • 年に1度だけ自分の資産状況を確認する

本のタイトルに7000万円とありますが、本書での目標設定としてはリタイヤする65歳時点で約7500万円の資産をつくることとしています。根拠は、リタイヤ後の生活費+旅行等を月額35万円として、うち10万円を公的年金、25万円を65歳までに運用した資産から。65歳〜90歳までの25年生きるとして必要なのは、25万円×12ヵ月×25年=7500万円。これを資産運用でつくります。

本書では7500万のために、毎月5万円と年2回のボーナス時に20万円を加える。これを年率5.5%で30年間運用すると計算上は達成できます(個人的な感覚として年率5.5%で運用し続けるのはややハードルが高いような気もしますが)。

投資先はノーロード(申込み手数料が無料)のインデックス投資信託を推奨し、①日本債券、②海外債券、③日本株式、④海外株式、の4つの組み合わせです。資産配分(でセットアロケーション)はいくつか例が示され、年に1回だけ配分を確認しずれていれば調整する運用方法です。

■運用した資産の引き出しはパーセントで考える

ここまでであれば、他の本でも似たようなことが書かれています。本書の内容でユニークだと思ったのは、リタイヤ後の資産の引き出し方でした。

本書の設定は、リタイヤ後の毎月35万円のうち25万円が資産運用からです。年間では25万×12ヵ月=300万を資産から引き出すことになります。

ユニークだと思ったのは、金額ベースではなく資産に対するパーセントで引き出すという考え方でした。

まず、65歳時点で一気に資産7500万円を現金化はしない。毎年少しずつ引き出します。それを毎年300万円ずつ引き出すのではなく、資産の4%で引き出すのです。

パーセント引き出しを推奨する理由は、引き出し額÷資産額の比率を常に一定にすることを優先するからです。65歳時の7500万円という資産は、本書では投資信託を想定しているので、一定のリスク資産です。経済状況等により投資信託価格が上下するため、その分資産額も増えたり減ったりします。分母である資産額が変動するのであれば、引き出し額もそれに併せて変動させようというのが、パーセント引き出しの考え方です。

なお、65歳以降も積み立てた資産運用は続くので(新たな毎月の投資はしないが持っている資産の運用が続く)、それを年率5%、年間で4%引き出しても資産は大きくは減らないと本書ではしています。

パーセントで引き出す場合は発想の転換が必要になります。資産状況に応じて引き出し額は変わるので、生活費等の支出もメリハリをつけることになります。これはデメリットと見るかどうかは各自の考え方で分かれそうですが。

★  ★  ★

パーセントでの引き出しが唯一の答えではないと思いますし、毎年決まった額を引き出すほうがよいと考える方もいるでしょう。それとも、リタイヤした時点で投資信託での運用をやめ、全てを現金に変えたいという人もいるかもしれません。これはリスクが大きいと思いますが。

本書で自分に取っての発見は資産運用の終わり方に一石を投じてくれた点です。資産運用の初め方や続け方は他の本でも書かれていますが、出口についても考えさせてくれました。

得られた示唆を一般化すると、何かを始める/取り組む際には、出口という終わり方も想定しておくことの大切さです。何を持って終わりとするか。究極は人生の終わりをどう迎えるかという終活であったり、カジュアルなものとしては仕事において、目の前に今取り組んでいる業務は、何がどうなれば終わるのかを意識することです。




2013/10/20

実は守破離の「守」こそ大事だなと思った話

「模倣の経営学―偉大なる会社はマネから生まれる―」という本の主題は、イノベーションはマネから生まれるという考え方です。

マネと聞くと、独自性や創造性がないものと思われるかもしれません。日本語には猿真似という言葉があったり、英語ではCopycatなんて表現もあります。

本書で追求しているのは表面的な真似ではなく、本質的な模倣から生まれるイノベーションです。表面的なと言うのは企業で言えば製品/サービスのレベルで、本質的な模倣は事業の仕組みや原理まで落とし込むこと。

■徹底した模倣から生まれる能力の向上と創造性

模倣はむしろ知的であり、創造的なものとしていて、印象的だったのがドトール創業者である鳥羽博道氏の言葉でした。
「徹底してその人に見倣い、研究し、模倣する。その過程で個人の能力は相当高まるだろう。そして、その高まった能力によって個人のオリジナリティというものが生み出されることになると思う」

引用:書籍「模倣の経営学―偉大なる会社はマネから生まれる―」

つまり、徹底した模倣から生まれる創造性です。

真似と言っても忠実に再現しようとすると高い能力が要求されます。真似をする対象の理解から始まり、模倣プロセスにおける試行錯誤。負荷のかかる作業です。この負荷を通して学習をし、能力が高まるということなのでしょう。

■守破離の「守」に注目してみる

日本には「守破離」という考え方があります。武道や芸術等における師弟関係のあり方で、守→破→離という3つのプロセスです。Wikipediaから引用すると、
  • まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる
  • その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」
  • 最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる

本書を読んで、自分の中で守破離への考え方が変わりました。今までは「破」と「離」が大事だと理解していました。「守」は単に言われたことをやるだけ、目標とする対象の真似をするにすぎないと思っていて、そこから少しずつ自分のオリジナルに進化させていく「破」と「離」のプロセスこそ大事であると。

本書で書かれている「徹底した模倣のプロセスにおける試行錯誤から能力が高まる」を考えると、「守」の段階で、いかに学べるかが重要だとあらためて思いました。どれだけ徹底的に真似ができるか。表面的な真似ではなく、なぜそうするのかの原理や本質まで見抜き、それを自分のものにする。

そう考えると、守破離のスタート地点から道が分かれます。誰の真似をするのか、その人の何を真似るのか、どうやって真似するか。真似する対象を選ぶ際に、Who, What, Howの3つが大切になります。

★  ★  ★

本書では、「イノベーションはマネから生まれる」という考え方のもと、いくつかの企業がどんな真似をして成長したかの事例が書かれています。

クロネコヤマト、トヨタ、スターバックス、ドトール、などなど。どの事例も真似を通した試行錯誤があり、仕組みレベルまで立ち返り、時には自分たちのオリジナルも生み出すことで、イノベーションが生まれました。

真似をするという行為は、企業だけではなく個人レベルでも考えさせられることが多かった本です。




2013/10/19

コンタクトレンズを「使い捨て」にするという逆転の発想




競争戦略の考え方の1つに「いかにして戦わないようにするか」があります。競争しない競争戦略です。ブルーオーシャンの発想で、ターゲット層を変えることで新しい市場を開拓したり、新しい商品/サービスを投入して差別化を図ります。

既存の市場でイノベーションが起こるのは、従来とは全く違う発想をもつ商品/サービスが出てくる時です。

おもしろい事例だと思ったのが書籍「模倣の経営学―偉大なる会社はマネから生まれる―」で紹介されていた使い捨てコンタクトレンズでした。

ジョンソン&ジョンソン (J&J) の使い捨てコンタクトのアキュビューです。使い捨てレンズと従来レンズでは発想が基本から異なりました。

私自身もコンタクトレンズを使っていて、最初は使い捨てではないソフトコンタクトから入りました (従来のレンズ)。

だからよくわかるのですが、従来レンズの発想は「いかに長く使えるか」でした。

1枚あたりが高いので、少なくとも1年以上、できれば2-3年はもたせたいという気持ちがありました。そのためには取り外しの際には破れないように注意を払い(ハードなら割れないように)、コンタクトを外した後は丁寧に洗浄する必要がありました。これが従来レンズのユーザー側の考え方です。

製造側のメーカーとしても「いかにレンズの耐久性を上げるか」「いかにレンズの表面を滑らかにするか」「効果的で手間のかからない洗浄ケアは何か」という発想です。レンズの長期間利用が前提なので、耐久性を向上させ品質を上げつつも、採算に合うコストダウンが問われます。

ところが、コンタクトを使い捨てにするという発想に立てば大きく違ってきます。

耐久性を割り切ることができます。ソフトレンズはあまり薄くすると破れやすくなる問題が、使い捨てであればより薄くできます。また、使い捨てが前提なので洗浄も従来レンズほどは必要なくなります。

ユーザー側も使い捨てが前提になると、コンタクトに対する発想と使い方が変わります。

「いかに長く使うか」から「毎回新しいレンズに変える」です。破れることへの不安がなくなり、毎回の洗浄も不要になります。新しいレンズに取り替えるので、目の健康にも良いというメリットを感じやすいです。

「模倣の経営学―偉大なる会社はマネから生まれる―」に書かれていたことで、J&J が使い捨てレンズを実用化できた背景には、発想の転換だけではなく、製造方法にイノベーションがあったようです。

使い捨てレンズを実現するには、大量生産によるコストダウンが不可欠です。そのための方法として当時、最有力だったのはモールディング法だったとのことです。

ただ、コストが低い一方で、加工精度が粗く、(1枚のレンズを使い続けることが前提の) 高品質で耐久性の高いレンズには向かないと考えられていたそうです。既存のコンタクトメーカーにとってはあまり意味のない技術だったようです。

J&J はもともとの発祥が医療用の消耗品メーカーだったので、使い捨ての思想を持っていました。殺菌消毒をして使っていた医療器具を使い捨てにし、より高い安全性を提供するビジネスです。この発想をコンタクトレンズにも横展開したのです。

使い続けるのか、使い捨てなのか。どちらが良いかは一概には言えませんが、コンタクトに関しては使い捨てモデルが適していました。従来型の使い続けるレンズが主流の中、逆の発想で登場したのが使い捨てコンタクトレンズです。競争をしない競争戦略の1つの例でした。

現在は使い捨てタイプのほうが主流になってきていると思うので、使い捨てレンズの競争が激しくなっています。次の「逆転の発想」はあるのでしょうか。

個人的に期待する次のコンタクトはこれです↓
眼鏡型コンピュータの次はインターネットコンタクトレンズ




2013/10/14

貧乏になりやすい人のパターンは「お駄賃貧乏」 by 貧乏神の幸子

前作が200万部を突破した続編の「夢をかなえるゾウ2 ガネーシャと貧乏神」

サブタイトルに貧乏神とあるように、主人公には、ガネーシャだけではなく貧乏神もとりつきます。名前は金無幸子という女性の貧乏神。この幸子さん、ストーリーの中では大事な役割を担っていて、ところどころで深いことを言ってくれます。

貧乏神である幸子さんは、「この人は貧乏になる」と見定めた人に取り付きます(ちなみに取りついている主人公は、脱サラをして売れない芸人生活を8年も続けている)。貧乏になりやすい人が大好き。考え方が貧乏性だったり、行動が貧乏な人を見分ける神様です。

幸子さんによると、貧乏になりやすい人のパターンは大きくは3つに分けられるそうです(貧乏神の世界では細かくは18,314パターンあるようですが、大きくは3つに集約されるらしい)。

1つ目が「ドリーム貧乏」。大きな夢を持っているものの、自分の夢に囚われすぎてまわりが見えていないタイプ。売れない芸人である主人公がまさにこれ。

2つ目は「ガネーシャ貧乏」。目の前にある誘惑に負け、ついついお金を使ってしまうタイプ。お金があればすぐに使ってしまう浪費家タイプでしょう。名前にある通り、ガネーシャがこのタイプ。

3つ目が「お駄賃貧乏」だそうです。幸子さんは、子どもの頃のお駄賃のもらい方が、大人になってから貧乏につながると言います。親から「お使いに行ってくれたらお駄賃をあげる」「宿題をしたらお小遣いをあげる」などのケース。

幸子さん曰く「それが貧乏の始まりなんですよ」。幸子さんは言います。
「そういう形でお金をもらってしまうと、『お金』=『嫌な作業をするともらえるもの』という考えを持つようになります。しかも作業をする前からもらえる金額が決まっているので『いかに楽して作業を終わらせるか』ということばかり考える人になるでしょう。

こうして子どもの頃にもらった『お駄賃』が、アルバイトの『時給』になり、会社の『給料』になります。すると給料の範囲内でしか仕事をしませんし、仕事をできるだけ減らそうと考えるので給料が増えることはありません」

では「お駄賃貧乏」パターンから抜け出すためにはどうすればいいか。幸子さんは「逆にすればいい」と言います。
「お金は『嫌な』作業をするともらえるのじゃなくて、『楽しい』ことをするともらえるもの。もらえるお金の量はあらかじめ決まっているのではなくて、お客さんを喜ばせた分だけもらえるもの、という風に」

確かにこの考え方は一理あるように思いました。もちろん、子供の頃のお小遣いのもらい方でその後に貧乏かどうかが全て決まるわけではないでしょう。とはいえ、子ども時にお金をどういう形でもらっていたかは、大人になってからも影響が少なからずありそうです。

自分の場合を振り返ってみると小学校の時はお小遣いは月額で、100円×学年でした。小学1年なら100円、6年なら600円という感じ。

当時考えていたことは、毎月その600円を何に使うかでした。どう配分するかの計画をあらかじめ立てておいて実行する、うまくいけば翌月に50円くらいは残せる、みたいに。

この考え方はその後も残っていて、大学生になってもバイト代とかの毎月の収入はこれくらいと見越して、その範囲でどう使うか(生活するか)をよく考えてました。

一方で、発想として弱かったのは、お小遣いなりバイト代等の収入をどう増やすかという点。月々の決まった額の中でいくら使うかの配分ではなく、そもそものパイをどう大きくするかの視点です。もとを掘り下げていくと、子どもの頃のお金との付き合い方が影響していたのかもしれません。

子どもにお金のことをどう教え、何を伝えるか。これは自分の中で1つ持っているテーマです。貧乏神の幸子さんが言うように、お金=嫌なことをするともらえるものではなく、楽しいことをした結果もらえるもの、お客に喜んでもらえた分だけもらえるもの。相手にどれだけ役に立ったか。もっと言うと、社会に貢献できたかでもらえるもの。そんな風に教えられればと思っています。

例えば小さい時のお小遣いでは、毎月決まった額(ベース)に加え、お手伝いなど自分ができることを考えて、どれだけ家族みんなのために貢献できたかでお駄賃が決まるとかのプラスアルファ。あわよくば、親が困っていることのニーズを見極め、それに対して自分は何が提供できるかを考えてくれる、みたいな。自分がやった付加価値に対してお金がもらえるという仕組みができればなと。(お金以外の要素もあるのでバランスが大切ですが)

とはいえ、娘はまだ生まれて1ヶ月ちょっとなので、そんなことができるのは東京オリンピックが開催される2020年くらいなのですが。


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行動科学マネジメント:夢をかなえるガネーシャの教えを実践するために




2013/10/13

「これは厳しい…」と思った時こそ大切にしたい交渉の3つのポイント

ある姉妹のお話です。
2人の姉妹が、ひとつのオレンジをめぐって口喧嘩をしています。「半分に分けたら?」と親が言いましたが、2人とも「ひとつ分が必要なの!」と言って譲りません。

しかし数分後、話し合いの結果、姉妹で無事に分け合うことができました。
いったい何が起きたのでしょう?

引用:書籍「武器としての交渉思考」

1つしかないオレンジを、お互いが「1つ分ほしい」と譲らなかったのに、2人が1つ分を分けることができたようです。

どう分けたかと言うと、「オレンジの中身と皮を分け合った」。姉はオレンジ(中身)を食べたかった、妹はオレンジの皮でマーマレードをつくりたかったのです。意地悪クイズみたいですが、このエピソードから得られる示唆は「一見すると主張がぶつかっている場合でも、実は2人が求めているものが違い、相手の主張を正しく理解すれば問題は解決するケースがある」。

1.交渉ではどれだけ相手の主張を聞けるか

交渉と聞くと、自分の欲しいものや意見を多く言ったほうが勝つ、というイメージがあるかもしれません。自分の言い分をどれだけ相手に飲んでもらうか。しかし、オレンジの話では自分の主張ばかりしていても解決しないでしょう。

大事なのは「相手の主張を聞き、相手を理解すること」。交渉っぽい言い方をすると、相手の利害に焦点を当てることです。

そのためには、相手の立場を理解し、自分が話すよりも相手の言い分をまずは聞く姿勢です。

2.譲歩をうまく使う

交渉では譲歩はつきものですが、間違ったイメージとして譲歩したほうが負けという考え方があるかもしれません。

交渉で大事だと思うのは、いかに譲歩をするか。もちろん、こちらの譲歩なしに交渉が成立すると良いですが、現実的にはそうはいかないんですよね。お互いの主張や利害が成立しない時は、何かしらの譲歩をすることで歩み寄り合意できるところまで持っていく。

うまい譲歩としては「相手にとって価値があること&自分にとっては価値の低い条件」を対象にすることです。相手のメリットにはなるけど、自分にはそれほど痛くはない条件を交渉の流れを見ながら譲歩として提案してみるのです。

譲歩として新しい情報を伝えると、相手の反応を見ることできます。向こう側の交渉の判断基準を理解する姿勢も大切だと思います。先に書いた「相手の主張を聞き、相手を理解すること」を譲歩のやり取りを通じて行なうイメージ。一方、譲歩をやりすぎると、相手側に「もっといろんな譲歩が出てくるのでは」と思われてしまうので、注意は必要ですが。

3.交渉は準備が8割

交渉がうまい人のイメージとして、交渉のテーブルでいかに話術を駆使するかがあるかもしれません。交渉で勝負が決まるのは事前準備をいかにできるかのほうです。準備としては、
  • 理想の交渉ゴール、落としどころ、絶対に譲れないところを明確にする
  • 相手の立場・主張を可能な限り理解しておく。交渉の争点も洗い出しておくとベター
  • 選択肢を多くもっておく

3つ目の選択肢について。これは2つあって、1つは交渉相手との選択肢です。ここが多いほど、譲歩にも使えます。

2つ目は交渉相手以外の選択肢。交渉相手に、「自分はあなたと合意しなくても別の良い選択肢があるので、それよりも良い条件でなければ合意しない」と言えるだけの他での選択肢があれば、交渉では優位な立場になれます。相手に伝えなくても、自分の中で他の選択肢を持っておくことで精神的な余裕も生まれます。最悪交渉が決裂しても、他の道があるわけですから。

★  ★  ★

交渉は相手があってのコミュニケーションです。

仕事での交渉で思い出すのが、交渉相手は初めは闘う相手だったのが、何度も交渉の場で膝を突き合わせてやりとりをする間にいつしかパートナーのような存在になっていったことです。

互いの後ろには上司がいて、会社のメンツもある制約条件の中、何が満たされれば合意できるのか。何かパズルゲームをやっているような感覚です。

そんな経験から学んだのは、
  • 交渉ではどれだけ相手の主張を聞けるか
  • 譲歩をうまく使う
  • 交渉は準備が8割

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どれだけタフな交渉でも大切にしたい5つの原則





2013/10/12

世界の経営学のホットトピック「両利きの経営」がおもしろい

350ページくらいあった分厚い本の割に、読み始めたら一気に読んでしまったのが「世界の経営学者はいま何を考えているのか」でした。本書は、競争戦略やイノベーション、グローバル経営などについて、経営学が今どんな研究テーマが取り組まれているのかをわかりやすく書かれています。

タイトルに「世界の経営学者は」とあるように、紹介されている研究内容は日本ではあまり目にすることの少ないものばかりでした。ここに著者の執筆動機があり、世界の経営学者で議論されている内容が日本人には馴染みのないものが多い、だから本書を通じて世界の経営学の知のフロンティアに触れてほしいという思いが書かれていました。

■イノベーション研究で熱いトピックは「両利き経営」

本書で紹介されている経営学の研究テーマで最も印象に残ったのはイノベーションに関するものでした。

企業がイノベーションを実現するために、世界の経営学でホットなのは「両利きの経営」というキーワード。右手だけではなく左手の両方が利き腕であるかのように行なう企業経営を指します。両利きの経営の話は示唆に富むと思ったので、ご紹介します。

そもそも企業イノベーションとは「企業が革新的な技術、あるいは商品やビジネスモデルを生み出すこと」であり、そのための条件で経営学には1つのコンセンサスがあるそうです。
イノベーションを生み出す1つの方法は、すでに存在している知と知を組み合わせることである
これはつまり、人は何もない知識がゼロの状態からは新しいアイデアを生み出すことはできないということ。既存の知と別の知を組み合わせることで新しい知が生み出されるのです。

この話で思い当たるのが「アイデアのつくり方」という本に書かれていたことです。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもないということである。これはおそらくアイデア作成に関する最も大切な事実である。
新しいのはその組み合わせのほうであり、組み合わされるモノ自体は既存の知であることが強調されています。

で、本題の「両利きの経営」。イノベーションのための「知」を企業が獲得するためには2つの方向性があるといいます。1つ目が、企業が知の範囲を広げるために新しい知を探す行動で、経営学ではExplorationと呼びます(本書では「知の探索」と呼んでいる)。

一方、企業においてはいつもいつも新しい情報などを求めているわけにはいきません。新しく獲得した情報は、自分たちにとって有益なのか、どう活用するのかの咀嚼が必要で、結局のところ新しい知がビジネスに活用され、なおかつ収益に結び付けられるかどうかが重要だからです。

すでに持っている知識に対して理解を深め、時には改良を重ねるプロセスが必要なのです。これが両利きの経営の2つ目の方向性。経営学ではExploitationと呼ぶようです(本書では「知の深化」と呼んでいる)。

おもしろいと思ったのが、知の探索も知の深化もどちらかに偏りすぎてもダメで、2つのバランスが大切であるという経営学での研究結果でした。これが「両利きの経営」と呼ばれる所以だと思います。

もう1つ興味深いのは、同じ研究において、企業組織は中長期的には「知の深化」に偏りがちで、「知の探索」はなおざりにする傾向がある、と発表されていることです。

これは納得のある結果で、考えてみると「知の探索」というのは骨が折れるわりに成果が見えにくい取り組みです。新しい情報が見つかるかも不透明だし、発見があったとしてもそれが本当に自分たちの役に立つのかもすぐにはわからない。時には事業や専門領域の外に視野を広げる必要もあり、負担も大きいでしょう。

だから、企業は新しい知を探すよりも、すでにある知を改善する・深めるという「知の深化」に本質的に流れる傾向があるのです。これは企業業績が好調な時ほど顕著で、例えばヒット商品が出るとその改良商品には注力するが、全く新しい商品を手がけるインセンティブが低くなるのではないでしょうか。

当面の事業が成功するほど、知の探索を怠りがちになり、結果、中長期的なイノベーションが停滞するというリスクが企業組織には内在しているのです。

ちなみに、イノベーションの停滞というと「イノベーションのジレンマ」が有名です(本書では日本ではこれにクローズアップされている傾向にあると指摘)。「イノベーションのジレンマ」と「両利きの経営」の違いは、前者は経営判断がもたらすイノベーションを考えていて、後者は企業組織におけるイノベーションに焦点を当てています。

■「両利きの経営」は個人にも当てはまる

「知の探索」と「知の深化」をいかにバランスよく行なうか。企業は本質的には知の深化に偏る傾向がある。このテーマは企業組織だけではなく、個人レベルでも示唆に富むものです。

例えば自分の知識・能力/技術を高めたいと考えた場合、有効なのは今ある能力をさらにレベルの高いものにすることです。自分の専門性を高める方向です。これは両利きの経営でいう「知の深化」にあたります。

一方で、今ある能力を高めるだけでは、専門性は深まっても、広げることは難しいです。新しい知識や技術のためには、既存領域ではない範囲に視野を広げる必要があります。つまり「知の探索」が求められる。

短期的には「知の深化」をやっていれば、自分の成長が感じられるかもしれませんが、中長期で見るとどこかで行き詰まるように思います。連続的な成長はできても、非連続なジャンプアップのためには「知の探索」も重要で、個人においても「両利きの経営」の考え方が大切になると思いました。

ここまで書いて思ったのが、企業組織も突き詰めれば1人1人の人間の集まりなので、企業組織からのイノベーションで両利きの経営が大事であれば、個人レベルでもまた両利きの経営の概念が当てはまるのは、自然なことかもしれませんね。






2013/09/29

生後1ヶ月くらいの子育て方針はこんな感じ

娘がそろそろ生後1ヶ月です。

ここ最近は身体つきもしっかりしてきて、手足の動きも活発になってきました。話しかけたりすると笑ったりだとか、表情も豊かになりつつあります。

自分の子どもに対して1つ持っているのは、主体的に考える/行動できる子になってほしいこと。自分でできる範囲のことは、言われてではなく自らやってほしいなと思っています。

生後1ヶ月くらいの今の段階で娘にやってほしい思っているのが、
  • しっかり泣く
  • 母乳を飲む
  • 寝る
の3つです。それ以外のことは親が対応するから、まずはこの3つをがんばれと。

1. しっかり泣く

赤ちゃんはよく泣きます。泣いてでしか自分の欲求を表現できない存在なので、よく見ているといろんな泣き方をします。お腹が減った時の泣き方、オムツを変えて欲しい時、眠い時、抱っこしてほしい時、その他(1度母乳を飲んだ後に咳き込み息がうまくできず激しく泣きました)。

赤ちゃんに慣れないうちは、泣くと「なんとかして泣き止ませないと」と思っていました。「泣く=よくないこと」でした。

ある時に自分の母親から教えてもらったのが、赤ちゃんは泣くのが仕事みたいなもの、という考え方でした。泣いて自分の欲求を表現することを肯定的に捉える。それと、泣くこと自体が赤ちゃんにとっては運動になるようです。泣くことで肺や筋肉が鍛えられるとのこと。

それを聞いて以来、泣いている状態に変に焦るというか必要以上に不安に思わなくなりました。もちろん泣いているのを放ったらかすことはしませんが、自分の子どもが泣くことを受け入れられたというか。むしろ、泣く時はしっかり泣けと思うようになりました。

そうなると不思議なもので、泣き止まないことに不安に思っていると親の気持ちが伝わるのかずっと泣いていたのが、こちらが「しっかり泣くのはOK」と思うと、赤ちゃんは必要以上に泣かないように感じています。

2. 母乳を飲む

これも新しく知ったことなのですが、母乳を飲むこと自体が赤ちゃんにとっては結構ハードなことみたいです。

母乳を飲むためにはおっぱいを吸うのですが、これがかなり力がいるのです。粉ミルクを哺乳瓶から与えるのと比べると、哺乳瓶では力強く吸わなくても飲めますが、母乳はそうはいかない。それが証拠に、母乳を飲んでいる時は顔を真っ赤にし、時には汗ばみ、体温も上がりながら飲んでいます。飲み終わった後はぐったりしています。それくらいハードな運動というわけです。

母乳は栄養素の面から良いものだと思っていましたが、プラスして赤ちゃんにとってはハードな運動になるということで、ここ最近は完全母乳という粉ミルクは使わずでいけています。母乳の飲む量が増えると、その分母親の中で母乳が作られるようで、母子間で良いサイクルになっているようです。

3. 寝る

泣いて飲んで、寝る。これを基本に考えています。寝ることも赤ちゃんにとっては大事な要素なので、寝るためには抱っこも積極的にしようと思っています。

抱っこしていて寝てくれてもベッドに寝かした途端に起きてしまい泣く、というパターンもあり、抱っこして寝始めてもしばらくはそのまま抱っこを続けています。

抱っこしている時間が30分を超えて1時間近くになると、さすがに腕がしびれてきます。親の工夫としては、赤ちゃんの頭が右でも左側でもどちらでも抱けるようにしておくのと、あとは腕がきつくなるのは筋トレだと思うことくらいかな。これから体重が増えてくるとそうも言っていられないような気はしますが、親としてできるだけのことはやりたいと思っています。

★  ★  ★

しっかり泣いて、がんばって飲んで、あとは眠る。この3つが生後1ヶ月くらいの赤ちゃんができること。逆に言うと、主体的に自らできるのはまだこれくらいしかありません。他のこと、例えばオムツ替え、着替え、沐浴(お風呂)、肌を清潔にする、爪切り、などは赤ちゃんは自分ではできないことなので親の出番。

主体的な子になって欲しい方針が1番上にあり、泣く/飲む/寝るの3つは赤ちゃんにしっかりとやってもらう、それ以外は親として役割を果たす。これが今のところの生後1ヶ月くらい段階の子育て方針です。


※関連記事
父として子に何を語るか
父親になるということ
出産に立ち会っての雑感
子どもが生まれて変わったこと


2013/09/28

その分野の本質を知らない人間は大成できない

最近読んだ本で、これもおもしろかったのが、「凡人を達人に変える77の心得」。著者は野村克也氏。野村氏が監督をつとめていた時、ミーティングで選手によく話していたことがまとめられています。

書かれていることは野球のことが中心ですが、随所にビジネスマンの場合にはこう当てはまるといった視点も多く、色々と考えさせられることが多い本でした。文章量は決して多くないのですが、書かれていることが深いんですよね。野村氏の哲学や生き方が入っていて、読み応えがありました。

■その分野の本質を知らない人間は大成できない

「77の心得」の1つが『本質を知れば、「自分を正しい方向へ」導ける』でした。以下、本書からの引用です。本質を知ることの重要性を説いています。

「プロの世界で成功する人間と、そうでない人間の差は何か?」

このような質問をインタビューで時々受けるが、答えは一つではない。努力の差もあるし、いい環境や運もあるだろう。人に恵まれるというのも大事な要素だ。

しかし、経験則から、絶対的に言えることもある。それは、「その分野の本質を知らない人間は大成できない」ということである。

(中略)

本質がわかっていない人間は、間違った方向に努力をし続けてしまう。

本質がわかっている人間は、自分を正しい方向に導くことができる。

この「本質をわかっている」というたった一点が、プロの世界で成功する人間と、そうでない人間を生む決定的な差になるのだ。

引用:「凡人を達人に変える77の心得」

ここでは、野球のピッチャーを例に取り上げています。野村氏はこれまで、甲子園でスターだったピッチャーがプロ野球選手になり伸び悩むケースを多く見たと言います。その原因はピッチャーの本質を見誤っていることにあると。彼らは自身のことを「本格派のピッチャー」と認識しているが、甲子園では本格派と言われたストレート(速球)はプロの世界では武器になるとは限らない。

では武器になるのは何か?それはコントロールしかないと野村氏は断言します。コントロールさえよければ必ずしも150km/hの速球はいらない。つまり、「ピッチングの本質はコントロール」であると。ここを理解しているかどうかが、ピッチャーとして成功の分かれ目となると書かれていました。

上記の引用で「本質がわかっていない人間は、間違った方向に努力をし続けてしまう。本質がわかっている人間は、自分を正しい方向に導くことができる。」とあります。ピッチャーでは、ストレートの速度を早くする努力の方向性よりも、どれだけコントロールを磨けるかというのが正しい方向ということなのでしょう。

■自分が生きる世界での本質は何か

この話は示唆を与えてくれます。自分の仕事に当てはめてみると、「仕事のスピードよりも正確性を重視せよ」となります。もちろん、ある程度の仕事スピードは求められるでしょうが。

思い出すのが、自分が社会人1年目の頃です。当時は、自分の仕事をいかに早く終わらせるかを重視していました。例えば頼まれた集計業務では、いかに効率よくできるか、期待されたよりもどれだけ早く上げられるかを意識していたのです。

その結果、確かに「できました」と持っていくのはそれなりに早かったのですが、その分、ミスも多かったです。修正をすることで、結局は仕上がるのが遅くなる。よく怒られました。(このあたりは以前のエントリーに書きました:毎日のように怒られながら学んだ「あたりまえのことをちゃんとやり続ける」ことの大切さ|思考の整理日記)

今考えると、正しいやり方は正確な仕事のやり方を重視して、その上でスピードを上げるという順番がよかったと思っています。急がばまわれの発想です。

これは、仕事を振る側に立つとよく理解できました。自分が頼んだ仕事/業務を早くやってくれるのはもちろんありがたいですが、こちらでチェックした際に間違いがあると、それもミスが繰り返されると、「またか」という思いを抱いてしまいます。それよりも、正確にきっちりと上げてくれるほうが信頼感も増します。

「自分の仕事をきっちりとやり遂げる」。

言葉にすると当たり前に聞こえますが、「当たり前」を継続し実行することで自分を成長させられると思います。

自分自身が生きる世界での本質は何か。仕事とは何か?なぜこの仕事をしているのか?ここはあらためて考えたいと思っています。


※関連記事
毎日のように怒られながら学んだ「あたりまえのことをちゃんとやり続ける」ことの大切さ




2013/09/23

「失敗と書いて、せいちょう(成長)と読む」

「失敗」について、たまたま別の2冊の本に書いてあったことが心に響いたのでご紹介します。

■ 失敗を成長につなげるためには

1冊目はこちら、「凡人を達人に変える77の心得」。著者は野村克也氏。野村氏が監督をつとめていた時、ミーティングで選手によく話していたことをまとめたもの。随所にビジネスマンの場合にはこう当てはまるといった野球→一般的なビジネスの視点の切り替えが多く、日々の仕事にも考えさせられることが多い本でした。

77の心得の一つに、「言い訳をする人間」が伸び悩む理由、とあり、失敗について次のように書かれていました。

失敗をした時、なぜ人は言い訳をしたがるのか。これは、失敗と正面から向き合いたくないからである。失敗から逃げ出しているのだ。

2013/09/22

「統計学が最強の学問である」を読んで

「統計学が最強の学問である」に書かれていたことで、その通りと思ったものがあります。
ビッグデータ時代と呼ばれる考え方に逆行するが、私は誰からデータ分析の相談を受けても「まず正しい判断に必要な最小十分のデータを扱うこと」を推奨している。

何かを分析する際に必要なデータを集める場合、全数調査とサンプリング調査の2つがあります。

全数調査とは字のごとく、全てのデータを集めて集計/分析をするケースです。イメージとしては、20代の日本人男性の睡眠時間を調べるために、20代男性全員に睡眠時間を聞くというもの。人数にしておそらくは700万人くらいの規模かと思いますが、一人残らず睡眠時間をヒアリングするのが全数調査。サンプリング調査とは、700万人にいちいち聞いていられないということで、20代男性の700人に聞いておけばいいんじゃないか、という感じ。

サンプリング調査で注意すべきは、この700人をどうやって選んだかです。仕事で忙しいような人ばかりでは睡眠時間が短い人が多そうなので、その結果は全数調査と比べて睡眠時間は短いという結果が出てしまうでしょう。これでは意味のあるデータにはなりません。そうならないために、700人が日本の20代男性全員を反映しているような均質な集団にする。

よくサンプリング調査の例えで使われるのは料理の味見です。料理の塩加減を知る正確な方法はその料理を全部食べてしまうことです。これが全数調査のイメージ。サンプリング調査とは、作った料理を全部食べずにちょっとだけ味見をして塩加減を確認すること。味見で注意すべきは、その前にちゃんとかき混ぜてからだと思いますが、これがさっきの「700人が日本の20代男性全員を反映しているような均質な集団にする」という作業です。

もちろん、全数調査のほうがサンプリング調査よりもデータ精度は高いです。全員に聞くので、誤差が発生しようもない。ただし、往々にして全数調査は現実的な手段ではありません。料理の味を確認するのに全部食べることはあり得ないように。だから大事なのは、サンプリング調査によってどの程度精度が低下するのか。判断や意思決定に影響しないような精度の向上はもはや意味がないのです。そのために費やす時間やコストは無駄です。

データ分析で重要だと思うのは、集計/分析は目的のための「手段」であること。分析結果を活かして何をするのか、どんな価値を得られるかの目的によって、手段は異なります。

「統計学が最強の学問である」という本で繰り返し述べられていたのは、そのデータや分析結果から得られたことが意味のある結果なのかを自分で判断できること、それが統計学の考え方では重要であると。

データ分析をするとは、何か知りたいことがあるといことです。真に知りたい値に対して、その結果はどこまで正しいのか。つまり、誤差はどの程度なのか。その誤差を考慮に入れたうえでも意味のある結果なのかということです。

誤差を見る上で大切なのは2つ。誤差の大きさと、その誤差の発生確率。後者はp値と呼ばれ、実際には何の差もないのに誤差や偶然によってたまたまデータのような差が生じる確率です。通常はp値は5%以下であれば、「この結果は偶然得られたとは考えにくい」と判断します。

最後に、もう1つ。大切にしたいと思っている指摘があったので引用しておきます。
データ分析においては重要なのは、「果たしてその解析はかけたコスト以上の利益を自社にもたらすような判断につながるのだろうか?」という視点だ。


※関連記事
書評「会社を変える分析の力 」:データ分析をする時の4つの自問自答
書評:意思決定のための「分析の技術」
書評:「それ、根拠あるの?」と言わせない データ・統計分析ができる本
データ分析だけだとまだ五合目くらい




2013/09/21

子どもが生まれて変わったこと

9/1に子どもが生まれ、ちょうどそれから20日たちました。

生まれて1週間は入院をして、家に来てからは2週間くらい。今までの生活と大きく変わった2週間でした。

■生活リズムが大きく変わる

何が変わったかというと、大きくは3つあって、1つは生活リズムです。子どもが生まれ3人での生活になってからは、平日のうち2日間は自宅で仕事するように決めました。これは何よりも、会社/上司/同僚の理解があり、とてもありがたいと思っています。

自宅からも会社にいる時と同じように仕事ができるのも便利です。会議はビデオ会議(VC)でパソコンから参加すればよく、クライアントとの打ち合わせもVCでできるものはやってしまいます。多少の慣れは必要だと思うものの、今のところは週2日の自宅ワークは大きな問題はなさそうだと感じています。(とはいえ、9月に入ったあたりから仕事量が増えてきているので、時間や仕事に制約がある中、結構これはがんばらないとと思っています)

生活リズムの変化でもう1つあるのは、睡眠時間です。夜も2-3時間に一度、短い時で30分-1時間くらいで、授乳やおむつ替えをしてほしいと泣くので、睡眠サイクルも赤ちゃんがいる/いないとでは変わります。強制的に起こされるので、睡眠サイクルが崩れます。

私自身は寝付きがいいほうで、夜布団に入り3分くらいで寝てそのまま朝まで起きないのが普通なのですが、それが変わったことでボディブローのように効いてきます。これまでは起床時間が一定だったのが変わったり、起きた時にすっきり目覚められないケースもあります。

■自分の時間が減る

変わったこと2つ目。「自分の時間」が少なくなったことです。一人で自由に使える時間が減りました。そもそもとしては、子どもの対応や妻のサポートをすることになるので、その分だけ自分の時間はなくなります。これまでやっていた家事に加え、新しい役割としては、
  • おむつ替え
  • 沐浴(お風呂に入れる)
  • 泣いた時に抱っこしてあやす/寝かせる
  • ミルクづくり、哺乳瓶の洗浄と消毒
あとは、いろいろな雑務。母乳を与える以外はやっています。やることが増えたことで他の時間がなくなるのは予想していたのですが、想定できていなかったのがこれらを対応する時が読めないということ。

おむつを替えるタイミングや泣き出すのが、頻繁だったり時間があいたりと、事前にスケジュールが組めないんですよね。あらかじめ、何時にやると目処がついていればそこから逆算して予定が組めるのですが、いつ発生するか日によってランダムです。子どもの対応と妻の対応の両方において、発生タイミングが自分でコントロールできない状態。仕事に集中しだした時に中断せざるを得なかったりというのが結構な頻度で起こります。

「自分の時間が減った」と感じる要因は、子どものことをする時間が読めないことが大きいと思います。

仕事と家庭を優先している結果、インプットの時間が減っています。読書だったりネットなどからニュース等を見る時間が減りました。本を読む量が少なくなったのは顕著です。

とはいえ、今のこの状況を変えて、無理やりに自分の時間を作るのは現実的ではないです。なので考えるべきは現状を前提に、どう時間をマネジメントするか。やらないこと/やることを明確にし、やることにも優先順位と時間の区切りをつけるなどのメリハリをもっとつけたいと思っています。例えば読書については、これまでは興味のあるものは次々に読み漁る感じでしたが、しばらくは読む本をちゃんと選び、インプットに対して得られるもの/アウトプットを多くすることを意識したいなと。

■小さくて大きな存在に

最後に変わったことの3つ目。なんだかんだで、自分の子どもというのはこれまでになかった存在感があります。単純にかわいいとかではなく、自分にとってこの世の唯一の存在としての価値というか。

加えて、日に日に成長している感じが、観察していておもしろいです。1日として同じではないくらい。見せる表情や動きの種類が増えたり、自己主張をするようになったり、機嫌のいい時は一人でも手足を動かして遊んでたり。まだまだ小さな存在ですが、自分への影響はとても大きな存在です。


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