投稿日 2023/04/24

鼻で笑われた美しい競争戦略。黒板プロジェクター 「ワイード」 の物語

#マーケティング #戦略 #ストーリー

出典: サカワ

今回は、驚異的な成功を収めた黒板企業の 「戦略の秘密」 を紐解きます。

業界関係者から鼻で笑われた非合理なアプローチは、実は巧妙に織り成す美しい競争戦略へとつながっていました。この記事では、その独自の戦略ストーリーの全貌に迫ります。驚きの展開に間違いなしの物語を堪能あれ!

✓ わかること
  • 黒板プロジェクター 「ワイード」 
  • 今の主力商品がなくなる未来を想定しての戦略商品
  • 業界関係者から鼻で笑われながらの幕開け
  • 美しい競争戦略のつくり方

黒板プロジェクター 「ワイード」 


ご紹介したいのは老舗の黒板メーカーの事例です。

老舗黒板メーカーが過去最高の売上


少子化や学校の統廃合で学校数が減る中、老舗黒板メーカーが過去最高の売上を記録していることのことです。

少子化に歯止めがかからない日本では全国の自治体で学校の統廃合が進んでおり、34年前の1989 (平成元) 年と比較すると小学校の数は約2割、中学校の数も1割ほど減っている。

学校と聞いて思い浮かぶものの一つに 「黒板」 があるが、学校数の減少に加えて教育現場の情報通信技術 (ICT) 化による電子黒板への代替もあり、黒板の販売数も落ち込んでいるという。30年ほど前までは全国に100社以上あった黒板メーカーも、現在では30社程度まで激減している。

そんな厳しい状況下で気を吐いているのが、1919 (大正8) 年創業の黒板メーカー、サカワ (愛媛県東温市) だ。同社の4代目社長・坂和寿忠氏によれば、2022年の売り上げは約14億円、過去最高を記録したという。

サカワの売上の約9割を占めるのが、ウルトラワイドプロジェクター 「ワイード」 です。

効率の良い授業にできるワイード


出典: サカワ

ワイードは黒板専用のプロジェクターです。学校に設置されている黒板と同じ縦横比 16 : 6 の映像を最大130インチ、4000ルーメンの明るさで投影できます。

ワイードは映像を黒板に映し、必要に応じて黒板にチョークで書き足せます。今あるアナログの黒板をうまく利用し、アナログとデジタルの良いところを取り入れた商品です。

湾曲した黒板でも歪まずに投影できる補正機能が搭載され、投影画面を左右にスライドできるなどの先生が授業で使いやすい機能もあります。

授業でいつも表示させる内容はワイードから投影すれば、先生は同じ内容を別のクラスや授業で毎回書かなくて済みます。黒板にはその時々でポイントだけを書けばよいので授業を効率的に進められます。

主力商品がなくなる時代を想定した戦略商品


先ほどの引用した記事の中で印象的だったのは坂和社長の以下のコメントでした。

サカワは黒板製造の老舗だが、「将来、黒板がなくなっても大丈夫」 というくらいの気持ちでやっている。現在主力のワイードにしても、アナログ (黒板) からデジタル (電子黒板) へ移行する過渡期の製品にすぎない。黒板が完全になくなる時代も想定している。

ワイードの位置づけは、黒板という今までの主力商品がなくなる時代が現実になる未来を見越しての戦略商品です。過去の成功体験を捨ててもいいという覚悟が見て取れます。

最初は鼻で笑われた


黒板プロジェクターのワイードは、扱い始めた当初は黒板業界の人たちから鼻で笑われたとのことです。

サカワにとってはプロジェクターの開発だけでなく、販売も初めてのことだった。

黒板とプロジェクターでは販売先が違うのだ。坂和社長は 「黒板は建築資材なので建築業者や設計事務所が販売先だったが、プロジェクターを学校に導入する場合は教育委員会などでの入札になる。販売ルートもゼロから構築した」 と当時を振り返る。「1年目は四十数台しか売れなくて…… 黒板屋がいきなりプロジェクターの販売を始めたということで、黒板業界では鼻で笑われていた」 (坂和社長) 

学べること


では黒板プロジェクターの 「ワイード」 から学べることを掘り下げていきましょう。

外部の人間には非合理、自分たちには合理


サカワが当時やろうとしていたことは、黒板業界の人たちからはバカにされ嘲笑の的になる行為でした。黒板の競合他社や業界関係者にとっては理解に苦しむような非合理なことに見えたわけです。

しかしやっている当事者のサカワにとっては合理的な取り組みでした。先ほど見たようにワイードは 「いずれはアナログの黒板が完全になくなる時代を想定しての戦略商品」 だからです。

いくつもの参入障壁


加えて注目したいのは他社からの参入障壁ができていたことです。

プロジェクターを開発・販売しているメーカーはいくつもあるが、黒板用プロジェクターの市場に参入しないのだろうか。

坂和社長は 「黒板に映像を投影したいというだけの非常にニッチな市場なので大手は参入してこない。一方で、黒板メーカーとしてのノウハウを持っていないベンチャーでは現場の教師が求めるプロジェクターは作れないと思う」 と話す。

参入障壁を整理すると、

  • 市場が小さすぎて、プロジェクターの大手メーカーは参入するうまみがない
  • 黒板メーカーとしての知見 (例: 現場で教える教師への理解) がないとできない
  • 他の黒板メーカーは鼻で笑い参入してこない

美しい競争戦略


戦略では自分たちにしかできない違いをつくり、全体で整合性のあるようにストーリーをつなげることが大事です。

サカワの黒板プロジェクター 「ワイード」 には、バリュープロポジションが成立しています。

バリュープロポジションとは、以下の3つが当てはまる自分たちにしかできない価値提案です。

出典: lifehacker

  • お客さんが望んでいること
  • 自社ができること
  • 競合にはできないこと

これら3つが成立すれば強みになり、お客さんにとって他にはない価値となります。

ワイードの戦略はきれいにつながっています。

✓ 美しい競争戦略
  • 黒板がなくなる事態を想定しての打ち手。アナログからデジタルに移行する未来につなげる戦略商品
  • 黒板メーカーだからこそできる現場の先生が使いやすい黒板プロジェクター
  • プロジェクター大手メーカーや黒板業界からは真似しようとは思われず、結果として参入障壁になった

以上のような 「外部の人間からすると一見すると非合理、全体像を知っている自分たちには合理的」 となっています。ここに持続可能な競争戦略をつくるポイントがあります。


まとめ


今回は黒板プロジェクターの 「ワイード」 を取り上げ、戦略やマーケティングに学べることを見てきました。

最後に学びのポイントをまとめておきます。

✓ 美しい競争戦略のつくり方
  • 戦略では自分たちならではの違いをつくり、全体でつながったストーリー性が大事
  • 競合他社や業界関係者などの外部の人間には理解に苦しむ非合理なことでも、自分たちには合理性があれば競争優位の源泉になる
  • 「一見すると非合理、全体では合理的」 がありお客さんへの価値提供ができれば、持続可能な美しい競争戦略になる


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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。