#マーケティング #インサイト
ビジネス活動を行う中で、どれだけお客さんの心理までを深く理解できているでしょうか?
お客さんが本当に求めている望みや困りごとを的確に把握し、その期待に応えることができれば、ビジネスは成長します。しかし、表面的なデータやアンケート結果だけでは、お客さんの "インサイト" にはたどり着けません。
人の行動の背後には無意識的な心理や動機が隠れていますが、では、どうすればその深層心理に迫ることができるのでしょうか?
今回は、ビジネスでの成功に直結する重要な概念である 「顧客インサイト」 の重要性とその発見方法、さらにはそれを活用した成功事例を取り上げ、インサイトについて解説します。
インサイトとは
マーケティングの文脈でインサイトとは、人の無意識的な心理や行動を深く理解することを指します。
インサイトは、表面的な事象ではなく、その背後にある本質的な理由や動機を洞察することで得られます。
インサイトの特徴
マーケティングではお客さんや消費者のインサイトのことを、「顧客インサイト」 や 「消費者インサイト」 と呼びます。
インサイトの特徴には次のようなものがあります。
- 自明ではない: インサイトは、一見して明らかではなく、お客さんの潜在的な心理や欲求を表す
- 行動変容を促す: インサイトにもとづいたマーケティング施策は、お客さんの行動を変えるほどの影響力を持つ
- 双方の利益になる: インサイトを活用することで、お客さんのニーズを満たし、同時に企業の利益にもつながる
なぜインサイトが重要なのか
マーケティングでは、顧客心理を理解するために顧客インサイトという概念は重要です。最重要と言ってもいいでしょう。
お客さんのインサイトを理解することの重要性は、次の理由からです。
- 効果的なコミュニケーション展開: インサイトにもとづいたメッセージはお客さんの心に響き、共感を呼ぶため、説得力がある
- 欲しいと思われる商品の開発: 潜在的な望みを満たしたり不満を解消する商品やサービスを開発することで、お客さんから本当に欲しいと思ってもらえる商品・サービスを提供できる
- 競争優位の確立: 競合他社よりも早く顧客インサイトを発見し活用することで、市場で優位に立つことができる
インサイトの発見方法
では、顧客インサイトを発見するにはどうすればいいのでしょうか?
次のような方法があります。
- インタビュー: 表面的な質問ではなく、お客さんや生活者の経験や感情を深く掘り下げることで、本質的な欲求が見えてくる
- 行動観察: お客さん・生活者の実際の行動を観察することで、奥にある無意識的な習慣や意識、選択の理由が明らかになる
- 特殊な状況の設定: 日常とは異なる状況を意図的に作り出すことで、普段は気づかない潜在意識や固定観念が浮かび上がる
インサイトの発掘と活用の具体例
それでは、いくつかの調査方法をご紹介し、インサイトの発掘と活用のイメージをより深めていきましょう (参考記事) 。花王の 「お泊まりデプス」
花王の 「お泊まりデプス」 は、消費者インサイトを得るために実施している花王の独自の調査方法です。
通常のインタビューやアンケート調査とは違い、消費者の日常生活に入り込むことで、より深い洞察を得る調査です。
花王が実施する 「お泊まりデプス」 では、調査対象者と調査員が一緒に宿泊し、対象者の生活を間近で観察します。
この調査では対象者の行動を詳細に記録するだけでなく、そこで感じとれた対象者の思いや悩みなども深く掘り下げます。
例えば、若い女性をターゲットとしたヘアケア商品の調査であれば、対象者と同性の調査員が一緒に宿泊し、対象者が夜や朝にどのように髪を洗ったりヘアケアをしたりしているかを観察します。
そして、見つけた行動の特徴や対象者の発言について、さらに対象者に詳しくインタビューを行います。
花王が2006年に自社のシャンプーブランド 「エッセンシャル」 をリニューアルした際に 「お泊まりデプス」 を実施しました。
その結果、多くの女性が 「毛先が気になる」 と言いながら、実際に触っているのは毛先から 15cm 程度上の部分であることが分かりました。毛先という言葉だけを聞くと、髪の毛の先端のことだと思いますが、「毛先が気になる」 という言葉の本当の意味、つまり実際に気にしている部分はそうではなかったのです。
花王はこの発見から、「毛先から 15cm」 をキーワードとしたエッセンシャルの広告キャンペーンを展開し、成功を収めました。
花王の 「お泊まりデプス」 の特徴は、消費者の日常生活に深く入り込み、その行動や心理を細部まで観察する点にあります。通常のインタビューやアンケートでは得られない、消費者の無意識の行動や本音を引き出すことができます。
また、この手法では、対象者と調査員が長時間にわたって共に過ごすことで、より自然な状態での観察ができ、発言を引き出すことが可能になります。普段の生活の中で見せる素の表情や行動、そして心理までを捉えることにつながります。
コンビニの買い物行動調査
2つ目の事例は、ファミリーマートでの買い物行動の調査の事例です。こちらは早稲田大学の守口剛教授がファミマと共同で行った調査です。
ファミリーマートと共同で行った消費者の買い物行動の調査の中で、興味深いデータが見つかりました。
コンビニを訪れた際の1人当たりの平均をとると、購入個数が3個でした。さらに詳しく見ると、商品を1個または2個しか購入しないお客さんが全体の約 50% を占めていることが判明しました。
守口教授は、この結果を見て違和感を覚えたとのことです。コンビニに来店したのに、なぜ半数のお客さんが1 ~ 2個しか購入しないのか。この疑問が、調査の出発点となりました。
守口氏は、購入個数の分布が通常とは異なる形状を示していることに着目し、何か特別な理由があるのではないかと考えました。そして 「コンビニではカゴを使わずに商品を手で持つことが多いため、すぐに両手がふさがってしまうのではないか。だから購入個数が 1, 2 個程度なのではないか」 という仮説を立てました。
この仮説を検証するために、コンビニで買い物カゴを使用しているお客さんの割合を調べました。すると、わずか 12% のお客さんしかカゴを使用していないことがわかりました。
次に、カゴの利用有無と購入個数の関係を分析したところ、カゴを使っているお客さんの半数が6個以上購入しているのに対し、カゴを使用していないお客さんの約 30% が1個しか購入していないことが明らかになりました。
仮説をさらに確かめるために、ファミマの8店舗で店舗の入口以外の場所にも買い物カゴを設置する実験を行いました。結果は、カゴの利用者が 10% 増加し、売上金額も 3.1% 上昇したのです。
この一連の実験調査は、お客さんの購買行動が無意識のうちに様々な要因の影響を受けていることを示唆しています。
消費者にコンビニでカゴを使用しない理由を直接尋ねても、おそらく 「なんとなく」 や 「いつも使っていないから」 という回答で、それ以上の明確な答えは得られないでしょう。
しかしデータを分析し、仮説を立てて実験から検証することで、消費者の無意識の行動と購入の関係を明らかにすることができたのです。
この調査事例は、お客さんの無意識的な行動と心理についてデータと洞察から掘り下げるときのヒントを与えてくれます。
表面的な事象だけではなく、その背後にある本質的な理由を探ることで、消費者理解が深まります。
そして顧客理解をもとに効果的なマーケティング戦略を立てることができます。ファミリーマートの事例では、買い物カゴの設置場所を工夫するという簡単な施策が、売上の向上につながったのです。
牛乳禁止調査
3つ目にご紹介するのは、アメリカのカリフォルニア牛乳協会の 「牛乳禁止調査」 です。1990年代初頭にカリフォルニア州で牛乳の消費量が低迷していた際に実施された、ユニークな消費者調査でした。
この調査は、従来の手法とは全く異なるアプローチで消費者インサイトを引き出すことに成功した事例です。
1990年代初頭、カリフォルニア州では牛乳の消費量が伸び悩んでいました。
この問題に対処するため、カリフォルニア州の牛乳業界は 「牛乳は健康に良い」 や 「カルシウムが豊富」 といった訴求ポイントを強調する広告キャンペーンを実施しましたが、効果は限定的でした。
従来の調査では、牛乳の消費が減った理由を直接尋ねるアプローチが取られていました。しかし、この方法では表面的な回答しか得られず、本質的な理由を探ることができませんでした。
そこでカリフォルニア牛乳協会は、全く新しい発想の調査を企画したのです。それが 「牛乳禁止調査」 でした。
牛乳禁止調査では、普段から牛乳を飲んでいる人を対象に、1週間牛乳を飲むことを禁止しました。禁止期間の間の食生活の変化や、牛乳を飲めないことで感じた不便や欠乏感などを日記に記録してもらうという依頼調査でした。
調査の結果、人々が牛乳を最も強く飲みたいと思うのは、クッキーやパン、シリアルなどを食べている時であることが明らかになりました。
人は牛乳を禁止されて初めて、これらの食品と一緒に飲む牛乳が重要な役割を果たしていることに気づいたのです。
この発見をもとに、カリフォルニア牛乳協会は牛乳とクッキーやシリアルなどの食品との相性の良さを訴求するキャンペーンを展開しました。
その結果、キャンペーン開始後にそれまで10年連続で前年割れしていた牛乳の売上が、初年度に 0.7% 増加に転じたのです。この成功を受けて、カリフォルニア牛乳協会はこのキャンペーンを20年間継続することになりました。
カリフォルニア牛乳協会が実施した 「牛乳禁止調査」 の特徴は、消費者の日常生活に積極的に介入し、特殊な状況をあえて作り出したことにあります。普段から習慣のようにやっていることを禁止されることで、いつもは意識されない禁止されたもの (今回の場合は牛乳) の役割や重要性を浮き彫りにしたわけです。
この手法は、従来の調査では得られない深いレベルでの消費者理解に結びつきました。
インサイトを活用し根本的な施策を
インサイトを活用することで、表層的な 「対症療法」 ではなく、根本的な解決につながる 「根治療法」 が可能になります。
先ほどのファミマの事例に当てはめると、対処療法と根治療法は次の図のように整理できます。
✓ 根治療法
ポイントは、表面的なレベル (図で言えば下の階層) で終わらず、より本質的な抽象度の高いレベル (図の上の階層) へと洞察を深めることです。
本質となるインサイトを発掘し、活用する意義はここにあります。
まとめ
今回は、マーケティングの重要な概念である 「インサイト」 について、あたらめてインサイトの本質を考察しました。
最後にポイントをまとめておきます。
- マーケティングの文脈でインサイトとは、人の無意識的な心理や行動を深く理解することであり、表面的な事象の背後にある本質的な理由や動機を洞察することを指す
- インサイトの特徴は、自明ではなく、行動変容を促し、企業と顧客双方の利益につながる
- 顧客インサイトが重要な理由は、① 効果的なコミュニケーション展開、② 欲しいと思われる商品の開発、③ 競争優位の確立、につながるから
- インサイトを活用することで、表層的な 「対症療法」 ではなく、根本的な解決につながる 「根治療法」 が可能になる
✓ 顧客インサイトの発見方法
- インタビュー: お客さんの経験や感情を深く掘り下げることで、本質的な欲求を見つける (例: 花王のお泊まりデプス)
- 行動観察: 実際の行動を観察することで、無意識的な習慣、意識、選択や行動の理由を明らかにする (例: ファミリーマートの買い物行動調査)
- 特殊な状況の設定: 日常とは異なる状況を作り出し、潜在意識や固定観念を浮かび上がらせる (例: カリフォルニア牛乳協会の牛乳禁止調査)
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。
こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!