投稿日 2024/10/03

味の素 「白米どうぞ」 。バーニングニーズをとらえ、"なぜ今か?" への機が熟すのを待つ勇気

#マーケティング #バーニングニーズ #なぜ今か?

なぜ今なのか?

新商品開発において、この一言ほど重要な問いはないかもしれません。優れた技術力とユニークなアイデアを持っていても、顧客ニーズや市場の状況が追いついていなければ、商品の価値は十分に伝わらないからです。

一方で、「なぜ今なのか?」 に明確な答えを出すのは簡単ではありません。では、いつが最適なタイミングなのでしょうか?どうすれば、お客さんの心に響く商品を生み出せるのでしょうか?

今回は、味の素の 「白米どうぞ」 の事例を取り上げ、この難題に対する1つの示唆を共有できればと思います。"バーニングニーズ" を捉え、市場の成熟を待つ勇気と覚悟を持つことの重要性を、ぜひ一緒に学んでいきましょう。

糖の吸収が穏やかにする 「白米どうぞ」 



味の素は、2024年3月から自社通販サイト (味の素ダイレクト) にて、「白米どうぞ」 の先行販売を開始しました。

白米どうぞは、糖の吸収が穏やかなご飯が炊ける粉末タイプの炊飯器専用調理料です。発売後20日で5万食相当 (1食1膳換算) を売り上げ、当初の想定の約2倍以上の売れ行きを記録しています (参考記事) 。

白米どうぞの特徴は、糖質制限が必要な人が、毎日の食事で食べたくても食べづらい 「白米の GI 値 (Glycemic Index / 食後血糖値の上昇度を示す指標で、食品に含まれる糖質の吸収度合いを示す) 」 に着目していることです。

味の素は特許申請中の技術により、白米のでんぷんをもち麦のような分解されにくい構造に変え、玄米と同程度の GI 値のご飯を炊くことができるとうたっています。

使い方は簡単で、炊飯時に粉末状の 「白米どうぞ」 を加えて2 ~ 3回混ぜるだけです。味の素の調べでは、白米どうぞを入れて白米を炊くと、100 あった GI 値が 78.7 まで下がったとのことです。

白米どうぞは、糖質制限が必要な人や、白米の食べ過ぎを避けたいと思っている人をターゲットとしており、手軽に低 GI のご飯 (白米) を楽しめるところが魅力です。

学べること


今回の 「白米どうぞ」 の事例から学べるのは、単なるニーズではなく、もっと切実なバーニングニーズを捉える重要性です。

 「渇望」 をとらえる

白米どうぞの事例でのバーニングニーズの背景から見ていきましょう。

消費者へのインタビュー調査で分かったのは、糖質制限の食事を作り分ける手間ばかりでなく、作る側も食べる側もそれぞれ精神的なしんどさがあったことでした。

それによって、白米どうぞの商品をインタビューで紹介すると、「今すぐ欲しい」 「どこで買えるの?」 という、これまでにはなかった強い反応が得られたそうです。

定量調査で 「気に入った」 「発売されたら買いたい」 という回答が多くても、発売すると実績が伴わない。「本当のニーズに行きついていない」 と感じることが多かったと言う。ニーズよりもっと強い、「渇望」 まで掘り下げていかなくてはならないと考え、特定の1人の顧客を中心に据えたマーケティングに切り替えた。

N=1 マーケティングで竹澤氏 (引用者注: 味の素コンシューマーフーズ事業部 新領域 G 「白米どうぞ」 プロダクトマネージャーの竹澤拓也氏) が驚いたのは、糖質制限の食事作りをする人のストレスの大きさだった。

 「自分の暴飲暴食が原因で糖質ケアが必要になっているのに、食事内容に文句ばかり言われて本当につらいという切実な言葉を何人もの人から聞いた。対面インタビューでこの商品の話をすると、『今すぐ欲しい』『どこで買えるの?』という、これまでのインタビューでは聞いたことがないくらい強い言葉が返ってきた。こういう方が一定数いることが定量的に分かったため、そうした人に向けた商品開発を行った」 (竹澤氏) 


消費者から 「今すぐ欲しい」 「どこで買えるの?」 という質問があり、それも味の素のほうから 「買いたいですか?」 と聞いていないのに、消費者が強い反応を示しました。

買えるのであれば今すぐ使いたいという、背中に火がついたような 「バーニングニーズ」 を、具体的な新商品を見せることによって掘り当てたわけです。

機が熟すのを待つ勇気と覚悟

今回の事例でもう1つ注目したいのは、マーケティングに2年の期間を費やしていることです。

白米どうぞは発売まで、技術開発に7年間、マーケティングに2年間を費やした。マーケティングに2年を要した理由について、味の素コンシューマーフーズ事業部 新領域 G 「白米どうぞ」 プロダクトマネージャーの竹澤拓也氏は 「技術的にすごいものができたということは確信していたが、当時の食品業界は糖質オフ全盛だったため、GI 値は認知度が低く、価値が伝えきれないと感じた」 と振り返る。


あとから振り返ってみれば、結果的にそれだけの期間をかけたとも言えますが、別の見方もできます。生活者環境や消費者ニーズ、特に 「バーニングニーズ」 とみられるほどの強い渇望が生まれる機運が高まるのを待っていたとも解釈できます。

バーニングニーズに刺さす商品

最初に糖質制限ブームが起こり、一部のマニア層だけではなく一般的にも普及することによって、多くの人がダイエットや健康のために糖質制限の食事を取り入れました。

ただし、この時点でもし GI の値を下げることを特徴とする 「白米どうぞ」 を市場に出したとしても、糖質制限のニーズはあっても、GI を緩やかに上げる食べ方へのニーズは追いついていなく、捉えるニーズはまだ十分になかったことでしょう。

しかし、糖質ブームが一巡し、糖質制限を続けるのがつらいという人たちが少なくない状況になって、ここで機が熟しました。

 「なぜ今なのか?」 の問いかけに、「今がそうである」 というベストな状況を待ったことによって、バーニングニーズに突き刺さる商品を提供することができたのです。

まとめ


今回は味の素の 「白米どうぞ」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

✓ バーニングニーズ
  • バーニングニーズを捉えるためには、相手の切実な悩みや強い欲求を深く理解することが求められる
  • 表面的なニーズではなく、その背後にある本当の問題や渇望まで掘り下げることで、お客さんが強く共感し、すぐにでも手に入れたいと思えるようなアイデアのヒントになる

✓ なぜ今か?
  • 「なぜ今か?」 という問いに答えを出すことは、商品の市場投入のタイミングを決める上で大事
  • 技術的な革新性やユニークさがあっても、顧客ニーズや市場の状況が追いついていなければ、商品の価値は十分に伝わりにくい
  • 市場投入のタイミングを見極めるためには、社会情勢や消費者の意識の変化、競合他社の動向など、様々な要因を総合的に分析し、ニーズが高まる機運を待つ勇気と覚悟が求められる。時には数年単位での長期的な視点に立ち、市場の成熟を待つことも必要


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。