#マーケティング #顧客基点経営 #本

 「顧客第一」 や 「顧客基点」 という言葉を経営理念に掲げている企業は多いと思います。

ただ言葉として掲げているだけなのと、経営として実践できていることのあいだには、意外と大きな隔たりがあります。

今回は、書籍 「THE CUSTOMER CENTRIC COMPANY 顧客基点経営 10 の実践 (岩井琢磨) 」 を取り上げます。

掲げた理想と実践の距離をどう埋めるのか、いかに顧客基点の会社や組織になるか、個人としても顧客基点になるヒントをお届けします。

本書の概要

本書の主題は、顧客基点を理念で終わらせず、経営様式そのものを顧客体験から再設計するための実践書というものです。

出発点は DX への問い直しです。

多くの企業が DX に取り組んできましたが、既存の経営様式をデジタルに置き換えただけで新しい顧客価値や事業成果につながっていないケースも少なくありません。本書はその根本にある原因を、本来の基点であるべき顧客体験が描けていないことに置きます。

システム刷新やデータ活用が先に来るのではなく、まず顧客のより良い生活がどんな体験として実現されるのかを描く。これが本書の立場です。

顧客基点経営の定義はこう示されています。顧客体験を基点としてその実現に向けて、企業の戦略・提案・デジタル基盤・組織を一体的に設計・運用する経営様式。デジタル時代の競争力はデジタル技術の導入量ではなく、変化する顧客をどれだけ深く理解し適応した経営行動をとれるかにかかっている。

こうした背景から、本書の中心となるフレームワークが提示されます。それが 「CCM Map (顧客基点経営マップ) 」 です。

出典: AdverTimes

CCM Map には 9 つの領域、すなわち、事業目的、事業目標、顧客価値、顧客戦略、顧客体験、顧客理解、顧客提案、事業成果、事業組織という 9 つが、顧客体験を中心に連携する構造で描かれます。

9 つの領域それぞれに、いつまでに、どのような状態を、どのような仕組みでという問いが対応します。自社に当てはめて読み進めると、きっとどこかに空白の問いが出てくるはずです。その空白が変革の優先課題になることに気づけます。

顧客基点経営とは

注目したいのは、本書が顧客基点を思想や理念としてではなく、設計と実践の対象として扱っている点です。

多くの企業でお客様第一や顧客中心といった言葉は、すでに経営理念のなかに掲げられていることでしょう。しかし経営会議の議題に顧客の話が毎回上がっているかというと、話は変わってきます。

本書は顧客基点を抽象的なスローガンでとどめず、戦略・提案・デジタル基盤・組織という具体的な経営要素と結びつけ、設計し運用する対象として再定義します。

顧客体験を扱う書籍の多くは、カスタマージャーニーなどのマーケティング領域の話題を中心に据えます。本書も顧客体験を中心に置く点は同じですが、その周りに配置されているのは、事業目的・事業目標・顧客戦略・顧客理解・事業成果・事業組織といった経営の要素です。

本書は顧客体験を、マーケティング部門が考えるテーマから経営層が経営様式として設計するテーマへと格上げしようとしています。ここが本書の独自性です。

顧客本位 (御用聞き) と顧客基点の違い

本書を読むうえで、もう一つ押さえておきたい論点があります。顧客本位と顧客基点は同じものではないという指摘です。

この本の事業目的の章で、事業目的の設定は短絡的な企業本位だけでも顧客本位だけでもあってはならないと述べられています。

顧客本位とは、目の前の顧客が言うことを叶えようとする姿勢です。たとえるなら御用聞きのような関係性に近いものです。注文を受け、要望を聞き、それに応えるというのは、一見すると顧客のためになっているように見えます。

しかし、ただの御用聞きでは、顧客が今すでに認識している欲求の範囲を超えることができません。顧客が自分でも気づいていない、より良い生活を企業の側から描き出すことはできないのです。

本書が繰り返し強調するのは、顧客価値とは 「顧客にとっての価値」 であって、現在の自社の提供価値とは限らないという考え方です。

現在の顧客が口にする要望をそのまま実装するだけでは、変化する顧客の生活を見据え、より良くするような価値にはなりません。

では顧客基点とは何か。それは顧客の生活がどう変わっていくのかを企業の側が解釈し、未来の変化の中でより良い生活とは何かを描き出し、その実現を経営の基点に据えるという姿勢です。顧客の声を聞くのは出発点であって終着ではないというのがポイントです。

御用聞きとしての顧客本位は、顧客の今の声に応える受動的な姿勢です。それに対して顧客基点は、顧客の生活変化を解釈し、より良い生活を能動的に描くことです。

うちは顧客本位でやっていますと言っているうちは、顧客基点経営にはたどり着けません。本書はその境界線を引き直します。

顧客基点経営への 10 の実践

では、顧客基点経営を具体的にどう設計すればよいのか。本書は 10 の実践として示します。

10 の実践は思いついた施策を並べたチェックリストではなく、CCM Map という一枚の地図の中で互いに依存しながら連動する経営様式の構造図です。

ここでは、10 個を 6 つのブロックに分けて順に見ていきます。

経営の枠組みを定める (実践 1 と 2) 

最初の 2 つ、実践 1 の 「事業目的」 と実践 2 「事業目標」 は経営の枠組みを定める実践です。社会にどのように貢献するのかと、いつまでにどのような状態を達成するのかを顧客基点で設定し直します。

本書はここで、まったく新しい言葉を作る必要はないと述べます。既存の理念体系の言葉や、社会変化のなかで自社がとった行動の意味を解釈し直せばよいというアプローチです。今ある言葉を捨てずに意味を更新します。

自己変革の方向と顧客基盤を設計する (実践 3 と 4) 

続く実践 3 の 「顧客価値」 と実践 4 の 「顧客戦略」 は、自己変革の方向と顧客基盤を設計する実践です。顧客にどのようなより良い生活を実現するのかを定め、いつまでにどのような顧客基盤を実現するのかを可視化します。

ここで導入されるのが顧客推移の 5 本線 (維持・育成・獲得・ランクダウン・ランクアップ) という考え方です。年間顧客単価で現状を可視化するだけでは、どの層をどの程度引き上げられるかの判断がつきません。そこで顧客の変化を把握する手法が示されます。

中心に置かれる顧客体験 (実践 5) 

CCM Map の中心に位置するのが実践 5 の 「顧客体験」 です。顧客価値を体現し顧客戦略を実装する結節点になります。

本書はこれを、OMO 化する接点を前提とした、選択・購入から使用までを含んだ総体的な時間のデザインと表現します。

運用の基盤と出口 (実践 6 と 7) 

その直下に置かれるのが実践 6 の 「顧客理解」 と実践 7 の 「顧客提案」 です。

顧客理解は顧客体験を通したデータを蓄積すると同時に、顧客体験を良くするために活用する基盤になります。顧客提案はここまで設計してきた要素を統合して顧客に向ける出口です。

本書はここで、データは素材であり AI は道具に過ぎないと言います。大切なのは意味のある問いを立て続け、その答えを顧客と共有し続ける姿勢だということです。

測定と推進体制 (実践 8 と 9) 

実践 8 の 「事業成果」 と実践 9 の 「事業組織」 が、効果測定と推進体制を整えます。

事業成果では、達成と未達のパターンからどこに立ち戻るべきかを判断する仮説検証のロジックが提示されます。成果指標を達成したかしないかだけで見るのではなく、未達だったときにどの実践に戻るべきかを診断するために使います。

事業組織では、デジタル推進部の設置ではなく、顧客体験の実現にコミットする責任者の設置と、顧客戦略・顧客体験・顧客提案を統合する横断的組織、そしてそれを経営マターとする会議体の運用が必要だと示されます。本書の言葉を借りれば、部署は違えど顧客は同じであるということです。

変革そのものを動かす (実践 10) 

最後の実践 10 は 「プロジェクト」 です。ここまでの 9 つの実践を実際に動かすための変革プロジェクトをデザインします。

たとえ実践 1 から 9 までを正しく設計したとしても、それを変革プロジェクトとして動かす設計図がなく、そして実行できなければ絵に描いた餅で終わるからです。

まとめ

学びのポイントをまとめておきます。

  • 顧客基点は思想や理念ではなく設計対象。戦略・提案・デジタル基盤・組織を一体で設計する経営様式として捉え直す視点が本書の出発点
  • DX が事業成果に結びつかないのは、前提となる顧客体験が描けていないから。デジタルは目的ではなく顧客のより良い生活を実現するための手段である
  • 顧客本位 (御用聞き) と顧客基点は違う。前者は顧客の今の声に応える受動的な姿勢、後者は顧客の生活変化を解釈して能動的により良い生活を描く姿勢である
  • CCM Map は 9 つの領域とそれぞれにひもづく問いからなる診断地図として機能する。答えられない問いこそが自社の変革の優先課題になる
  • 10 番目の実践としてプロジェクトマネジメントが置かれているように、設計図があるだけでは経営は動かない。変革を動かす実践の仕組みまでセットで考える必要がある