#マーケティング #顧客理解 #商品開発
商品開発では、お客さんが日常の不便を 「仕方ないもの」 として受け入れていると、ニーズとして見落としやすくなります。成熟した商品カテゴリーにも、まだ満たされていないニーズが残っていることがあります。
エースの通学リュック 「ガジェタブル U」 は、長年使われてきたランドセルの困りごとに着目して生まれた商品です。
この事例を通して、使う人と買う人をどう捉えるか、生活の変化から未充足ニーズをどう見つけるか、既存の選択肢とどう位置づけを分けるかを紐解きます。商品開発や新しい市場を考えるときに使える顧客理解の視点を解説します。
エースの通学リュック 「ガジェタブル U」
出典: PR TIMES
エースが 2026 年 2 月 20 日から全国で順次発売した 「ガジェタブル U」 は、小学生向けの通学リュックです。
もともと存在していたのは、エースの人気ビジネスリュック 「ガジェタブル」 シリーズでした。2018 年の発売以来、累計で 54 万個を突破したヒット商品です。そのガジェタブルを小学生にも使ってもらえるようにアレンジしたのが、ガジェタブル U になります。
サイズは S・M・L の 3 種類。小学生向けの S サイズは重さ 940 グラムと、一般的なランドセルと比べて少し軽いリュックです。
ガジェタブル U のおもしろいところは、ランドセルを置き換える商品ではなく、入学後に改めて選ぶ 「セカンドランドセル」 という新しい位置づけで打ち出していることです。
企画が生まれたきっかけは、産休・育休から復帰した社員を中心とする社内研究チーム 「ace MAMA labo.」 のメンバーから出てきた素朴な問いかけでした。「ランドセルってどう思う?」 という一言です。
そこからガジェタブル U が生まれたわけですが、この商品がどのようにつくられたのかを順番に見ていきましょう。
顧客文脈と顧客ニーズ
マーケティング視点でまず考えたいのは、誰のどんな困りごとに応えようとしているのか、です。ここを丁寧に捉えることが商品開発の出発点になります。
お客さんは誰か
ガジェタブル U のお客さんは、大きく分けると 2 つのグループがいます。
毎日ランドセルを背負う小学生本人と、購入や運用を実質的に担う保護者です。
毎朝、子どもに荷物を詰め込んで送り出し、夕方には学童にお迎えに行く。帰り道でランドセルを持ってあげる場面もあるでしょう。共働きや学童・習い事の利用がある家庭では、親もまた日々の運用に深く関わるランドセルの 「使い手」 のひとりです。
子ども本人の使いやすさだけを見ていては、見えてこない文脈とニーズがあります。
顧客文脈
次に、お客さんが置かれている状況を見ていきます。
今の小学生の通学荷物は、昔と比べてかなり増えています。
教科書やノート、連絡帳に加え、授業で使うタブレットパソコンはカバーをつけるとさらにかさばり、重さもそれなりにあります。そこに酷暑対策の帽子や日傘、水筒、ネッククーラーといった細かな荷物も加わります。学習道具以外の持ち物が、昔よりもずっと多くなっているのです。
さらに、放課後の子どもたちの活動も昔とは違います。学校が終わると学童保育に向かい、夕方には親がお迎えに行く。習い事に立ち寄ることもあります。毎日の中で、親がランドセルを手にする機会も自然と増えています。
未充足ニーズ
こうした状況を見ていくと、今のランドセルだけでは応えきれていない困りごとが浮かび上がってきます。
ランドセルには上部から前面を覆う 「かぶせ」 があります。このかぶせがあるために、ロッカーに入れたまま教材を出し入れするのは手間がかかります。
またかぶせ構造ゆえに、サイドポケットが付けにくく、細かな持ち物を整理しづらいという問題もあります。
子どもの現在地を確認するための GPS を前ポケットに入れている家庭も多いようですが、他の荷物を出し入れするときに一緒に取り出してしまい、入れ忘れが起きることもあるといいます。
親の目線で見ると、持ち手のハンドルがないランドセルを背負わずに持ち運ぶのは想像以上に大変です。
大人のビジネスバッグはこの 10 年で進化してきました。肩に沿う形状のハーネス、用途に合わせたポケット、荷物量に応じて広げられるマチなど、通勤を楽にする工夫が次々と取り入れられています。
ところが子どもの通学カバンであるランドセルは、そうした進化から取り残されているのではないか。ここにガジェタブル U の出発点があったことでしょう。
未充足ニーズに応える商品開発
ではここからは、具体的にどうやって商品に落とし込んだのかを見ていきましょう。
ビジネスリュックの機能資産を通学向けに応用する
エースが活用したのは、ガジェタブルというシリーズで磨いてきた機能資産でした。
上部のファスナーを開けるだけでメインの気室にアクセスできる構造は、ロッカーに入れたまま教科書を出し入れするのに向いています。
マチを広げたり薄くしたりできるエキスパンダブル機能は、荷物が多い日も少ない日も中身が整った状態を保ちやすくしてくれます。
また、外側のポケットを充実させ、鍵や GPS 端末を取り付けられるキーストラップも用意しました。キーストラップでつないでおけば、GPS の入れ忘れや紛失の心配も減らせます。
体に沿うハーネスとチェストベルト、厚手のバックパネルで荷重を分散させ、重さの負担を抑える工夫も盛り込まれています。
子ども向けに調整したポイント
一方で、ビジネスリュックのままでは子どもに合わない部分もあります。
ビジネス向けのガジェタブルは、体の前に抱えたときに邪魔になりにくいスリムで四角いデザインでした。ガジェタブル U ではこのかたちに丸みをもたせ、子どもが親しみやすい見た目に調整しています。
ランドセルの良さのひとつは、置いたときに自立して、そのまま中身を出し入れできる点です。ガジェタブル U ではこの特徴を採用し、メインの気室を開けた状態でも自立するようにつくられています。
開発で苦労したのはハーネスの長さ調整だったそうです。小学 1 年生と 6 年生では体格が大きく違うため、長く使えるようにひもを長めに設計しつつ、余った部分をきれいに巻き取れる仕組みも用意しました。
ちなみにガジェタブル U の S サイズの重さは 940 グラム。担当者によれば、目指したのはランドセルよりものすごく軽いことではなく、機能と容量がありつつも軽いことだったといいます。軽さだけを極端に追い求めると、別の困りごとを取りこぼしてしまうという発想です。
既存の選択肢と正面からぶつからないポジショニング
もうひとつガジェタブル U でおもしろいのは、ランドセルの置き換えを狙っていない点です。
ランドセルは実用品であると同時に、小学校入学の記念品でもあります。祖父母が孫の入学祝いに贈るケースも多く、エース社内のママラボの話し合いの中では 「ランドセルはひな人形に近い存在だ」 という声も出たそうです。
情緒的な価値を持つランドセルという存在を、入学前の段階でまったく別の新しい選択肢に替えてもらうのは簡単ではありません。
そこでエースが選んだのは、入学後に改めて検討してもらう道でした。
朝の登校、学童のお迎え、習い事への移動。そうした毎日を経験する中で、親も子も 「ランドセルでは不便さがある」 と感じる場面が出てきます。そのときに選ばれる新しい通学カバンとして、セカンドランドセルというコンセプトをガジェタブル U では打ち出したわけです。
ランドセルの情緒的な価値を否定するのではなく、実用面で足りないところを補う存在として並び立つ。この位置づけが、ガジェタブル U のもうひとつの工夫です。
事例からの汎用的な学び
ガジェタブル U の事例からは、他の業種にも活かせる学びがいくつか見えてきます。
1 つ目は、お客さんが置かれている状況は時代とともに変わっていくという点です。
タブレットパソコンの導入、猛暑対策、共働き家庭の増加といった変化は、小学生の通学という日常に新しい困りごとを生み出しました。
状況が変われば、発生する不便や不満、求められるニーズも変わります。昔からこうだからという前提を一度外して、今のお客さんを見つめ直す姿勢が大事です。
2 つ目は、お客さんの困りごとは商品カテゴリーを越えて共通する部分があるということです。
通勤と通学は、毎日使う・荷物を運ぶ・体に負担がかかるという点でよく似ています。この構造的な共通点に気づけたからこそ、ビジネスリュックで培った機能が通学カバンに活きました。自社の強みを別のカテゴリーに横展開できないかと考えてみる価値は大いにあります。
そして 3 つ目は、お客さんが選ぶタイミングをずらすことによって、新しい市場をつくれる場合があるということです。
入学前というランドセル選びのタイミングでは、記念品としての意味合いが強く働きます。そこに真正面からぶつかるのではなく、入学後に不満が具体化する瞬間に選ばれる商品を用意する。このタイミングのずらし方は、他のカテゴリーでも応用が効きます。
