#マーケティング #ジョブ理論 #顧客文脈
売上がピーク時の 3 分の 1 以下に落ち込んだ老舗書店が、売り場を縮小してでも 100 年先を見据えた決断をしました。
三省堂書店のリニューアル戦略には、変化する 「顧客のジョブ」 を捉え直すヒントが詰まっています。
今回は、三省堂書店の事例から 「ジョブ理論」 の実践方法を考えます。
三省堂書店本店リニューアル
出典: PR TIMES
創業 145 年を迎える老舗、三省堂書店。
2022 年から建て替えのために一時閉店していましたが、2026 年 3 月 19 日に 「三省堂書店神田神保町本店」 として再始動しました。
今回のリニューアルにおける最大のポイントは、生き残りをかけたビジネスモデルの転換です。
かつての神田本店は在庫日本一を謳う本の殿堂でしたが、売上はピーク時の 3 分の 1 以下にまで減少していました。そこで新店舗では、13 階建てのビルのうち書店フロアを 1 ~ 3 階のみに縮小。上層階をオフィスフロアとして貸し出し、三省堂書店は賃料収入によって安定した書店運営を支えるという決断を下しました。
規模を追うことをやめ、100 年先も書店を残すという持続可能性を選んだ三省堂書店。新店舗のコンセプトとして 「歩けば、世界がひろがる書店。」 を掲げ、リアル店舗ならではの価値を再定義しています。
では、三省堂書店の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
ケーススタディとして、マーケティングの 「ジョブ理論」 の実践的な考え方を紐解いていきます。
ジョブ理論
ジョブ理論は、消費者や顧客の 「ジョブ」 に焦点を当てるマーケティング理論のひとつです。
ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。
ジョブは英語では Jobs to Be Done (JTBD) といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。
ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。
ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために雇うものととらえることにあります。お客さんが商品を働き手であるワーカーとして雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。
お客さんが商品を買って期待するのは 「進歩」 であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。
ジョブ理論の実践
では、三省堂書店の事例にジョブ理論を当てはめて詳しく見ていきましょう。
「状況」 と 「ジョブ」
ジョブを捉えるためには、ジョブがどのような状況で生じているかを理解することが大事です。「状況」 という原因があって、「ジョブ」 という結果が表れるという因果関係です。
お客さんが心から雇用したいと思い、そして繰り返し雇用したくなる働き手である 「ワーカー」 となるためには、お客さんの片づけるべきジョブの文脈まで深く理解することが重要です。
三省堂書店の事例に当てはめると、想定した注力顧客の置かれた状況とは、「ネット検索や EC サイトのアルゴリズムによって、興味関心が最適化されすぎている状況」 と言えます。
欲しい本が決まっていれば、Amazon で検索して買うのが一番早いです。しかし、その便利さの裏側で、私たちは自分の過去の履歴に基づいたオススメばかりを目にするようになり、想定外の情報に出会う機会を失っています。
こうした状況下で、顧客が遂げたい進歩 (ジョブ) は、本を買うことそのものではないはずです。本当に求めているのは、「自分の狭い世界の外側にある、未知の知識や物語と出会うこと」 、「偶然の発見によって知的好奇心を満たすこと」 というジョブになります。
こうしたジョブが、新店舗のコンセプト 「歩けば、世界がひろがる書店」 に直結しているのです。
代わりに何が 「解雇」 されるかという視点
ジョブを完了させるワーカーには、通常は複数の雇用候補がいます。
よって、自分たちの商品が新たにワーカーとしてお客さんに雇用されるためには、今雇用している何が解雇されるべきか、という競合を捉える視点が大事になります。
そこで、既存の他のワーカーでは解決されていない 「未充足なジョブ」 を捉え、自分たちが新たにワーカーになり、その代わりに何が解雇されるかというリプレイス (置き換え) の視点を持ちます。何らかの選択を行う瞬間には、お客さんの頭の中でワーカーを選ぶための綱引きが行われていることがイメージしやすくなります。
三省堂書店のケースでは、競合となる雇用候補は本屋さんに限りません。
想定したお客さんが 「未知の世界と出会うこと」 というジョブを抱えたとき、現在雇用されている強力なワーカーは、「スマホの中の SNS 」 や 「 EC サイトのレコメンド機能」 です。これらは便利ですが、しばしばフィルターバブル (自分の見たい情報しか見えなくなる現象) を引き起こします。
こうした競合ワーカーではなく三省堂書店が新たに雇用されるためには、人々に 「効率だけの検索体験」 を解雇してもらう必要があります。タイパ (タイムパフォーマンス) 重視で正解だけを求める習慣から一時的に離れてもらい、あえて時間をかけて迷い込むという新しい解決策を選んでもらうわけです。
三省堂書店は本を売る場所としてではなく、スマホでは味わえない、身体性を伴うセレンディピティ (偶然の幸運) を提供する場として、デジタルな体験をリプレイスしようとしているのです。
お客さんにとっての最適なワーカーを目指す
ジョブ理論では、商品をお客さんにとっての最適なワーカーになることを目指します。
三省堂書店の場合、注力顧客にとって最適なワーカーとなるためには、意図的に検索をさせず、探索し、ときには迷える店舗体験が必要でした。
単に本がたくさんあるだけでは、Amazon という巨大倉庫の劣化版にしかなりません。世界を広げたいという注力顧客のジョブを解決するために、新店舗では以下のようなユニークな 「ジョブスペック (最適なワーカーになるための要件) 」 を実装しました。
知の渓谷 (出典: PR TIMES)
- 知の渓谷: 1 階から 3 階までを見通せる空間で、全体を俯瞰させる
- 斜めの本棚: 通路に対して 45 度の角度で棚を配置し、奥へと自然に引き込む
- 放射状の配置: たくさんの棚の間を歩き回ることができ、予期せぬ本と視線が合う
これらはすべて、来店客に歩くという身体的な行動を促し、強制的に視野を広げるための仕掛けです。
さらに、三省堂書店はビジネスモデルとして 「オフィス賃料で稼ぐ」 という仕組みを取り入れたことも重要です。書店は売れるベストセラー本ばかりを置く必要がなく、売れなくても文化的に価値のある本を置く余裕が生まれます。
三省堂書店は、多様な世界を知りたい人にとっての 「最適で、かつ永続的に頼れるワーカー」 となれます。
ジョブ理論でマーケティングを成功させるために
人々の生活様式、企業のビジネストレンドは刻々と変化していきます。
ジョブ理論を取り入れれば、固定観念にとらわれることなく、「今、お客さんはどういったジョブを片付けようとしているか?」 を絶えず問い続けることができます。市場環境や消費者の価値観が変わっても柔軟に対応でき、長期的に選ばれ続ける商品・サービスに育てられることができます。
今の顧客の望みを満たしたり困りごとを解決するだけでなく、次に起こりうる消費者ニーズにもすばやく対応できるというメリットをもたらすでしょう。
誰がお客さんかを決める。想定顧客の置かれた状況と抱えるジョブを的確に捉える。既存の商品や方法では解消されていない未充足ニーズを把握する。ジョブを終わらせる最適なワーカーになれるよう自社の商品やサービスを位置づける ── 。
顧客価値を高め、自社商品が長く選ばれ続けるためのポイントです。
顧客文脈までを解像度高く状況を理解することで、お客さんが求める便益を提供できる商品開発、マーケティングに結びつけられます。
まとめ
三省堂書店のリニューアル事例を通じて、「ジョブ理論」 の実践を見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 注力顧客の 「ジョブ (遂げたい進歩) 」 に焦点を当てる。お客さんが本当に求めているのは 「ある特定の状況で遂げたい進歩」 。商品やサービスは、ジョブを完了させるために顧客に 「雇われるワーカー」 として捉える
- ジョブが生まれる 「状況 (顧客文脈) 」 を理解する。ジョブは特定の状況という原因があって生まれる結果。お客さんに最適なワーカーとして繰り返し雇ってもらうためには、ジョブが生じる背景となるジョブの文脈を把握する
- 既存のワーカーの 「未充足ニーズ」 を見つける。新しい商品やサービスが選ばれるのは、既存の解決策 (ワーカー) では満たされていない未充足ニーズがあるから。自社の商品が新たに雇用されるためには、今ある何が解雇されるのかというリプレイスの視点を持つ
- お客さんにとっての最適なワーカーとなるために、「誰が顧客か」 「どんな状況でどんな進歩を求めているか」 「既存の方法の何が未充足か」 「どうすればジョブをスムーズに終わらせられるか」 という視点で商品やサービスを具体的に設計する
- 顧客のジョブを常に問い続け、変化に対応する。市場環境や顧客の価値観は常に変化するため、「今、お客さんはどういったジョブを片付けようとしているか?」 と絶えず問い続ける姿勢が重要。固定観念にとらわれず、顧客のジョブを捉え直すことで、変化に対応し長期的に選ばれる存在になれる

