#マーケティング #新規顧客 #顧客文脈
40 年愛されてきたおもちゃが、いま大人に売れています。
今回は、エポック社の 「シルバニアファミリー」 が、子ども (既存顧客) から大人という新規顧客を獲得した事例を通じて、新規顧客獲得の秘訣を読み解きます。
5 万円超のシルバニアファミリー
出典: エポック
おもちゃメーカーのエポック社は 2025 年 10 月、シルバニアファミリーシリーズの中でも群を抜いて高価格な新商品 「街のグランドデパート ラグジュアリーセット」 を発売しました。
価格は 5 万 3000 円。3 歳以上の子どもをメインターゲットとしてきたシリーズの中で、5 万円を超える価格設定は異例です。
「街のグランドデパート ラグジュアリーセット」 はグリーンやブラウンを基調とした重厚なトーンで統一され、くの字形や横一列など複数の配置が可能な設計です。大人の場合は人形遊びではなく、建物そのものをディスプレイして楽しむ人が多いため、限られたスペースでも飾りやすいように奥行きを浅めに仕上げています。
メインの購買層は 30 代以上で、公式オンラインショップでの売れ行きは想定以上に好調といいます (参考情報) 。
離反顧客と新規顧客の獲得
どんなに愛されているブランドでも、時間が経過するにつれて離れていってしまう 「離反顧客」 はどうしても生まれます。
離反顧客の必然
お客さんが離れてしまうのは、価値観やライフスタイルが移り変わるからです。それにより、従来の商品のコンセプトや商品価値がお客さんが求める便益と合わなくなります。
今回のケースで言えば、子どもたちの成長とともに、シルバニアのおもちゃからの 「卒業」 という形での離反は避けられません。40 年の歴史を持つシルバニアファミリーにとって、子どもが大きくなり大人になるにつれてシルバニアで遊ばなくなることは宿命的な課題なのです。
そこで必要となってくるのが、離れていくお客さんの数を上回る新しいお客さんとの出会いをつくり出すこと。すなわち、「未顧客」 にアプローチをすることの重要性です。
今回の事例は、既存顧客の延長線上にはいない未顧客に向けたアプローチによって、ブランドの成長限界を突破した好例です。
既存顧客と新規顧客では 「顧客文脈」 が異なる
新しい顧客を獲得するときに大事なのは、既存顧客と同じ文脈で考えないことです。
新しいお客さんを増やそうとするとき、今までとは異なるアプローチや商品開発が必要になる場合がほとんどです。そこで、顧客文脈を丁寧に理解していき、未顧客である新規顧客の状況とニーズを満たせる商品設計やマーケティングにできるかがポイントです。
新規顧客の獲得
ここまでのポイントをいったん整理すると、
- 離反顧客はゼロにはできない
- 離れていく顧客数を超える未顧客の獲得が必要
- 既存顧客と新規顧客では 「顧客文脈」 が同じではない
よって、新しい顧客層を取り込む際に大切なのは、既存のお客さんの文脈と、新しいお客さんの文脈を切り分けて考えることです。
プロセスの全体像
未顧客という新しい顧客層を取り込む際に欠かせないステップは、次の 4 つのプロセスです。
- 顧客文脈の把握: まずお客さんの置かれた状況を捉える。その状況の下で生じているニーズ、商品やサービスに求める便益 (ベネフィット) 、既存商品・サービスでは満たされていない未充足ニーズを見極める
- 価値定義: 次に 「どのような価値を提供するか」 の価値定義を明確にする
- 価値提案: 続いて、定義した顧客価値を 「どのように提案するか」 というマーケティングが重要
- 価値実現: そして、提案する顧客価値を 「実際にどうやって実現するか」 という価値実現がゴール
こうした 「顧客文脈の理解 → 価値定義 → 価値提案 → 価値実現」 という流れは、既存のお客さんではない 「未顧客」 という新しい顧客層を取り込む際に欠かせないステップです。
それでは、シルバニアファミリーの事例をこのプロセスに沿って見ていきましょう。
顧客文脈の把握
今回の事例でまず重要だったのは、既存顧客である子どもと、新規顧客である大人の顧客文脈を切り分けたことです。
既存の成功体験にとらわれれば、大人も懐かしがって既存の子ども向けのシルバニアの商品を買うだろうと考えてしまったはずです。しかしエポック社はその罠に陥りませんでした。
大人の顧客文脈は、子どもと同じごっこ遊びではなく、インテリアとして飾る、写真を撮り SNS で表現する、自身の趣味としての所有欲を満たすという全く異なる世界観の中にあります。
こうした文脈にある大人は子どもとは違い、家の中に飾り、限られたスペースでもうまく飾れる景観を求めます。
そこでエポック社は、奥行きを浅くして棚に置きやすくし、一方でプラスチックでありながら木製什器のような重厚感を持たせるという、子ども向け商品では過剰とも言える品質を追求しました。未顧客である大人の本物志向や、鑑賞に堪えうるクオリティという未充足ニーズを見極めた結果です。
価値定義
大人の顧客文脈を踏まえて、エポック社は価値定義を明確にしました。
20 代の若年層には、手軽に購入できて写真映えするコレクションアイテムとしての価値です。30 代以上には、部屋に飾って楽しめる装飾性の高いインテリアとしての価値、そして細部まで作り込まれた世界観を愛でる大人の趣味としての価値です。
子どもの遊び道具という従来の価値定義とはまったく異なる、新しい価値を再定義したのです。
価値提案
価値提案の段階では、2 つの異なるアプローチを取っています。
ひとつは 750 円の 「赤ちゃんコレクション」 をコンビニで販売し、若年層が手軽に購入できる 「入口」 を用意しました。ミニチュアの世界が写真映えする SNS との相性の良さに加え、開封するまで中身が分からないというゲーム性も打ち出しています。
もうひとつの価値提案のアプローチが、5 万 3000 円の 「街のグランドデパート ラグジュアリーセット」 という、これまでにない高額商品の投入です。公式オンラインショップと関連施設という販売チャネルを限定し、装飾性の高さと世界観の統一という価値を伝えています。
価値実現
そして最終的な価値実現では、商品設計そのものを大人の顧客文脈に合わせて徹底的に作り込みました。
「赤ちゃんコレクション」 は、洋服や小物を手作りしたり、好きなアイドルを人形で再現したり、コマ撮り映像を制作したりと、大人ならではの楽しみ方ができます。
また 「ラグジュアリーセット」 は、人形遊びではなく建物そのものを飾り、シルバニアファミリーの世界観を存分に楽しめるものです。
クリアニスの塗装で木製什器の質感を再現したり、天井やバルコニー柵の内側など見えにくい部分にまで装飾を施したりと、大人が細部まで鑑賞できる品質を実現しています。
新規顧客獲得のポイント
では最後のパートでは、新規顧客を獲得するための注意点やポイントを整理しておきましょう。
既存顧客をないがしろにしないためのバランス感
未顧客である新しいお客さんを開拓するからといって、今までブランドを支えてくれた既存顧客を軽視していいわけでは決してありません。
エポック社も既存の子どもたちをないがしろにはしませんでした。シルバニアファミリーの誕生当初から続く姿勢を貫き、子どもの遊びの本質には影響しない部分で大人向けの商品開発を進めています。
赤ちゃんコレクションは子どもでも楽しめる商品であり、ラグジュアリーセットは大人がディスプレイとして楽しむだけでなく、親子で二世代で楽しむという使い方もできます。
子どもという既存顧客への誠意を示しつつ、新しい顧客層である大人に新しい使い方や魅力を提案することで、ブランド全体の魅力を底上げしているのです。
新規顧客は既存顧客の延長線上にはいない
新規顧客の獲得で大事にしたい認識は、「新規顧客は既存顧客の延長線上にいない」 ということです。
今いるお客さん (既存顧客) と、これから出会いたいお客さん (未顧客) は、見ている景色や、大切にしている価値観、望んでいること、抱えている困りごとも違います。だからこそ、既存顧客での成功体験にとらわれず、未顧客の顧客文脈をゼロから理解しようとする姿勢が大事なのです。
ポイントを整理すると、次のようになります。
- 既存顧客の論理で新規顧客は動かないと知る
- 未顧客の頭の中の認識、顧客文脈を理解する
- 売り手の都合ではなく、未顧客の人が喜ぶ文脈を起点に価値を再定義する
- 使い方まで提示し、「価値への入口」 を用意する
- 顧客価値は、商品・サービスを体験することで初めて実現する
新規顧客獲得とは、新しい文脈での価値創造です。同じ商品でも、顧客文脈が変われば、顧客価値の意味も、伝え方も、価値の実現方法も変わります。
既存顧客の延長線上に新規顧客はいません。未顧客という違う世界に住む人たちをゼロから理解し、未顧客の文脈で価値を再定義する。それが、成熟した市場であっても成長の壁を突破するカギとなります。
まとめ
シルバニアファミリーが大人のキダルト層を獲得しようとする挑戦的な事例を取り上げました。
学びのポイントをまとめておきます。
- どんなブランドも時間の経過で離反顧客が一定数は生まれる。そのため、離反顧客の数を上回る新しい顧客を増やすために 「未顧客」 への商品開発やマーケティングがブランドの成長に欠かせない
- 既存顧客と新規顧客の文脈は違う。新規顧客へは既存顧客と同じ文脈で考えず、未顧客の文脈を理解し、新たな顧客文脈に沿った商品開発・マーケティングを展開する
- 未顧客の獲得プロセスは、① 顧客文脈の把握 (顧客の状況や未充足ニーズの理解) 、② 価値定義 (提供する価値の明確化) 、③ 価値提案 (顧客価値をどのように伝えるかを考案) 、④ 価値実現 (商品設計や販促施策から顧客価値を形にする)
- 既存顧客を大切にしながらの拡大を目指すには、新規顧客の獲得に注力する一方で、既存顧客の気持ちをないがしろにしないこと。既存顧客への誠意を見せつつ今までの延長線上ではなく新しい層へアプローチをしていく

