#マーケティング #脇役戦略 #商品開発
今回は、美容機器メーカーのヤーマンが仕掛けた 「ある戦略」 についてお話しします。
それは、真正面から 「主役」 に戦いを挑むのではなく、あえて一歩引き 「脇役」 に徹することで勝利を手にするという逆転の発想でした。
この事例から、「脇役戦略」 について、ぜひ一緒に学んでいきましょう。
ヤーマンの歯ブラシ型美顔器 「オーラルリフト」
出典: YAMAN
ヤーマンが 2025 年 11 月に発売した 「オーラルリフト」 は、一見すると電動歯ブラシですが、その実態は美顔器です (価格は 33,000 円 (税込) ) 。
オーラルリフトの特徴は、歯磨きをしながら表情筋トレーニングができるという点にあります。
美顔器としては、ブラシの背面に EMS (Electrical Muscle Stimulation) の電極が搭載され、EMS が顔の表面からでは作用しにくい深層表情筋、特に頬筋や笑筋に、頬の内側から直接的に働きかけます。
電動歯ブラシとしての機能も本格的です。SONIC ボタンで振動を 2 段階調節でき、EMS ボタンで刺激レベルを 6 段階で調節が可能です。
このようにオーラルリフトは、歯磨きと表情筋トレーニングの両方を、それぞれの好みに合わせて設定できます。
市場の反応も上々でした。本格販売の前に実施したクラウドファンディングサイト 「Makuake」 での先行販売では、目標金額 30 万円に対して 4,900 万円以上を獲得。美容家電カテゴリーで歴代トップの応援購入額を記録しました。
興味深いのは Makuake での購入者の構成です。
美顔器の購入者は通常、女性が大半を占めますが、オーラルリフトでは 3 割が男性で、男性購入者の中心は 30 ~ 40 代でした。この結果は、男性でも導入しやすい美顔器というオーラルリフトのコンセプトが的確に刺さったことを示します。
脇役戦略
では、ヤーマンのオーラルリフトから学べることを掘り下げていきましょう。
オーラルリフトは美顔器という新しい価値を提供しながらも、歯磨きという既存習慣を 「主役」 として立て、自らを 「脇役」 という立ち位置にすることで、生きる道を見出したと捉えることができます。
そこで、この事例を 「脇役戦略」 という視点で紐解いていきます。
脇役戦略とは
脇役戦略とは、市場で主役の座を奪うのではなく、すでに確立された主役に寄り添い、その魅力を高めることで選ばれ続けることを目指す戦略です。
多くの企業は 「どうすれば競争に勝ち、市場の中心になれるか」 を考えることでしょう。しかし、既に強力な主役が存在する市場では、真正面から勝負を挑むよりも、主役を引き立てながら共存する道のほうが成功確率は高くなります。
では、オーラルリフトがどのように脇役戦略を実践しているのか、ポイントを見ていきましょう。
主役の存在を前提とする
脇役戦略の起点は、既に存在する主役を認めることから始まります。
美顔器を男性に売ろうとする時、普通なら 「男性も美肌の時代だ!さあ、鏡の前でケアしよう」 と、新たな主役 (スキンケア習慣) を作ろうとすることでしょう。
しかし、これは相当にハードルが高い挑戦です。なぜなら、多くの男性にとってスキンケアは馴染みがなく、突然言われても必要性が実感できなければ、自分ごと化されない行動だからです。
ヤーマンのアプローチは違いました。「男性はスキンケアの習慣はないが、人は歯磨きは毎日必ずする」 という事実に着目したのです。
この 「歯磨き」 という、いわば主役の存在を前提とし、ヤーマンはそこに寄り添うことを目指して商品設計を行いました。
美顔器を新たに使ってもらうというよりも、「歯磨きのついでに一緒に美顔器も」 というポジションを狙いました。このポジショニングの妙が、オーラルリフトの成功を支えています。主役の座を無理に奪おうとせず、既にある主役の力を借りるという 「脇役戦略」 です。
既存の利用習慣を変えない
ここが脇役戦略のポイントです。
脇役戦略では、新しい習慣を強要することはしません。
オーラルリフトは、形状も使い方も電動歯ブラシそのものです。もし 「洗顔後にジェルを塗って、別のデバイスの美顔器を 10 分当てる」 という新しい行動を求めたら、多くの男性は三日坊主で終わっていたでしょう。新しい習慣を定着させることの難しさは、誰もが経験的に知っています。
オーラルリフトは 「いつもの歯磨き」 という行動を変える必要はありません。いつもと同じように歯ブラシを手に取り、歯を磨く。ただひとつ違うのは、EMS のスイッチをひとつ押すこと。いつもの行動に、スイッチひとつ加えるだけという自然な形で入り込んだからこそ、自然な行動の開始が担保されます。
電動歯ブラシと美顔器に共通するのは 「一定期間ずっと使い続けることで効果が表れる」 という特性です。ヤーマンは共通点に着目し、継続のハードルを下げることを目指しました。
すでにある習慣を変えずに、新しい価値をそこに付加的に提供する。これが脇役として生き残る知恵です。
乗っ取りではなく共存を狙う
脇役戦略では、あくまで主役の存在を前提とします。決して主役のことを乗っ取るのではなく、主役との共存を目指します。
通常、美顔器は可処分時間の奪い合いに陥ります。それは、スマホを見る時間や睡眠時間、あるいは他の美容時間を削って美顔器を使うというふうにです。既存の何かと競合し、それを押しのけて自分の時間を確保しなければならないということです。
しかし、脇役戦略をとるオーラルリフトは、「歯磨きという習慣の中で、美顔器も一緒にどうですか?」 という共存のアプローチです。
これは既存の美顔器市場における競争ルールを変える発想です。
主役 (歯磨き時間) を排除せず、その懐に入り込む。競争するのではなく、協力し合って共存する。これが脇役としての生存戦略です。
主役の価値を高める存在になる
脇役の存在によって、主役がもっと輝くこと。これが脇役戦略の真骨頂です。
毎日の歯磨きは、人によっては義務的であり、ともすると面倒な作業です。朝の忙しい時間に、あるいは疲れた夜に、当たり前のようにこなすルーティンに過ぎません。
しかし、ここにオーラルリフトという脇役が加わることによって、ただの歯磨き時間が 「歯や歯間をきれいにしつつ、顔のトレーニングの時間」 へと価値が上がります。「どうせ歯を磨くなら、一緒に顔も引き締めたい」 と思えることで、オーラルリフトは主役である歯磨きの時間の質を高めることに貢献しているのです。
脇役がいることで主役が輝くという関係性が、脇役戦略が目指す理想の姿です。
主役にならなくても、市場は獲れる
ヤーマンのオーラルリフトの事例は、真正面から美顔器として主役を張りにいくのではなく、歯磨きという 「主役」 の習慣に対して 「脇役」 に徹することによって、かえって多くのユーザー (特に男性) の支持を得られることを示しました。
すでに強力な習慣が見込み顧客の中にあったり、競合がいる市場において、無理に戦いを挑む必要はありません。「主役は誰か (習慣は何か)?」 を見極め、その主役を輝かせる最高の脇役になることが、結果として自分たちが選ばれ続ける道になるのです。
脇役だからこそ、お客さんの生活やビジネスシーンに自然に溶け込める。脇役だからこそ、使い始め、そして継続のハードルも低くなる。脇役だからこそ、新しい市場を開拓できる。オーラルリフトは、脇役という立ち位置で存在意義を見せた好例です。
まとめ
ヤーマンのオーラルリフトを 「脇役戦略」 という視点から取り上げました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 脇役戦略とは、すでにいる主役をリプレイス (置き換えること) ではなく、主役の存在を前提として共存することを目指す戦略
- 主役の存在を前提とする: 主役の存在を認め、その文脈に寄り添う
- 既存の利用習慣を変えない: 主役を使うのをやめるような新しい習慣を強要せず、「いつもの行動に加えるだけ」 という自然な形で入り込む
- 乗っ取りではなく共存を狙う: 主役からのスイッチではなく、主役を利用する既存の習慣の中で共に選ばれることを目指す
- 主役の価値を高める: 脇役があることで、主役の存在がもっと輝くという主役を強化する役割に徹する
