#マーケティング #顧客設定 #価値創出

最初の戦略がうまくいかないとき、どう軌道修正すればいいのか。

千葉のローカル鉄道 「小湊鉄道」 が見せた起死回生のストーリーから、マーケティングの本質が見えてきます。

小湊鉄道 「夜キハ」 

出典: 小湊鐵道

千葉・小湊鉄道のビール列車 「夜キハ」 。

田園地帯を進むレトロな一般車両 「キハ 200 形気動車」 で、ビールや地酒の飲み放題、おつまみ弁当を楽しめるローカル鉄道の観光企画列車です (運行は曜日限定) 。

2025 年 6 月にスタートし、小湊鉄道の車窓から美しい夕景や夜景を眺めながらの 「呑み鉄」 体験が話題となり、予約殺到で満員になる人気の列車です。

実は開始は、乗客は予約ゼロという状態からのスタートでしたが、SNS を活用して大人気企画へと変貌を遂げました。

背景と課題

始まりは、小湊鉄道の人気のトロッコ列車 「夜トロ」 の故障でした。

そこで代替策として、昭和中期の時代に製造された一般車両 (キハ 200 形) を使った 「夜キハ (ビール列車) 」 を企画します。

飲み放題・弁当付きで 8,000 円と夜トロより 1,000 円安く設定しましたが、トロッコと違い夜キハは普通の車両だったので、人気を呼ぶことはできませんでした。非日常感の演出に苦戦したのです。

開始当初の夜キハは法人の団体予約をほとんど獲得できませんでした。個人客にリーチしたいと考えたものの、どの層にどんな方法でアプローチすればいいのかアイデアは湧きませんでした。

ターニングポイント

夜キハの起死回生の一手となったのが、「注力顧客の変更」 と 「 "人生初" の DM」 でした。

夜キハの推進役を担った小湊鉄道の河村幸一氏が、車掌として乗務した車内で小さな異変を感じました。通常は、乗客は沿線の標高 1000m 未満の低山や温泉が目的のシニア世代がメインなのにもかかわらず、若い女性の乗客が目立ち始めていました。

不思議に思い直接尋ねてみると、Instagram のある投稿がきっかけだと教えられました。20 代の女性会社員 suzu_miyuu 氏が、友人と小湊鉄道に乗り、沿線の古民家カフェや温泉などをめぐる様子をアップした動画でした。

そこで河村氏は即座に Instagram アカウントを開設。suzu_miyuu 氏 に人生初の DM を送ります。小湊鉄道の 「夜キハ」 の案内をしたところ、実際に乗車してもらえることになったのです。

投稿された 「昭和レトロな列車でお酒を楽しむ動画」 が Instagram と TikTok でバズります。それまで閑散としていた夜キハの予約が 20 ~ 30 代の女性客やカップルで埋まり、キャンセル待ちが 100 人を超えるような人気企画となったのです。

マーケティングに学べること

小湊鉄道の 「夜キハ」 のケースは、マーケティング活動の全体プロセスを実践的に理解できる優れた事例です。

マーケティング活動の全体像
  1. 注力するお客さんを決める
  2. そのお客さんのことを理解する
  3. 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる) 
  4. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  5. お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む
  6. お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる

注目したいのは、最初の戦略がうまくいかず、顧客設定と伝え方を途中で変更したことで成功につながった点にあります。

順を追って見ていきましょう。

注力するお客さんを決める

小湊鉄道は当初、夜トロで実績のあった法人客をターゲットに設定しました。

元カーディーラーの河村車掌が営業経験を活かして地元企業を回り、団体予約の獲得を目指します。しかし夜キハが 「普通の車両」 であることであまり見向きもされず、法人客の獲得はほとんどできませんでした。

転機となったのは、河村氏が車内で若い女性客の増加に気づいたことでした。直接話を聞くと Instagram の投稿がきっかけだとわかり、ここで 「旅への意欲が高い 20 ~ 30 代の若い女性たち」 へとターゲットを転換しました。

このケースが示すのは、最初のターゲット設定が必ずしも正解とは限らないということです。現場での観察と顧客との対話から得た気づきをもとに、柔軟にターゲットを見直すことの重要性がわかります。

そのお客さんのことを理解する

河村氏は、若い女性客のことを理解しました。

インフルエンサー suzu_miyuu 氏の Instagram 投稿が影響していることから、SNS から旅の情報を得て、友人と一緒に非日常的な体験を楽しみたいというニーズを捉えます。

当初は夜キハのマイナス要素と考えていた 「中途半端に旧式な鉄道の設備」 が、若い世代にはむしろポジティブに受け止められていることも判明します。

上げ下げ式の窓は 「風を受けられる窓」 として、ロングシートは 「旅先で偶然出会った乗客と会話するきっかけになる」 という評価でした。若い世代にとって、これらは新鮮な体験だったわけです。

ここで学べるのは、商品やサービスの提供者側の思い込みと顧客の実際の受け止め方にギャップがあるということです。河村氏は顧客の声を直接聞くことで、困りごとやニーズを 「自分はこう感じるから相手も同じだろう」 と決めつけず、お客さんの立場に立った顧客視点から理解し直したのです。

困りごとを解決する商品を用意する

もともと夜キハは、故障したトロッコ列車の夜トロの代替として企画されました。

トロッコ列車の代わりに、従来は夏季限定だった小湊鉄道の車内の飲み放題企画を夏が終わった後も継続するという方針で生まれた企画です。

十分な予算がかけられず制約があったからこそ、夜キハではコストを抑えた工夫が生まれました。天井の電灯を黄色の布で覆い、1,000 円程度の LED ランタンを吊るしバーのような雰囲気を演出。コストが浮いた分、料金を 8,000 円に抑えることができました。

結果的に 「普通の車両をちょっとだけ特別にした」 という中途半端さが、若い世代の 「手頃な価格で、SNS 映えする非日常の体験を友人と楽しみたい」 というニーズにぴったり合致しました。いわゆる 「レトロでエモい」 というやつです。

お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

夜キハの当初の法人営業では 「 (夜トロという) トロッコ列車の代替」 という文脈で伝えていたため、トロッコ列車に比べて見劣りする「劣化版」 というイメージが付きまといました。

しかし若い女性層に魅力が刺さりそうだとわかってからは、伝え方を 180 度転換しています。

河村氏は人生初の DM で suzu_miyuu 氏に直接アプローチし、実際に乗車してもらうことで夜キハの魅力を体験してもらいました。その際に彼女が投稿した 「車内でお酒を楽しむ様子を軽快な BGM に乗せた動画」 がバズり、それを見た他の人たちの「夜キハに乗ってみた」 という動画が SNS で相次いで投稿されます。

ここでのポイントは、商品・サービスの特徴をお客さんの立場になって、相手の文脈に合った表現や言葉によって魅力を言い換えたことです。

同じ商品やサービスでも、「誰に」 「何を」 伝えるかで受け取られる印象は全く変わります。

お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む

夜キハの顧客体験は、単なる飲み放題列車ではありません。

レトロな車両での移動、車窓からの田園風景、上総牛久駅での 「駅売り」 体験 (駅での折り返し停車時間 (約 20 分) に駅のホーム上で開催される、地元の食や特産品を直接購入できる人気イベント) 、初対面の乗客同士での交流など、複数の要素が組み合わさった総合的な体験価値を生み出しています。

特に停車駅での駅売りは、新幹線の車内販売すら減っている今、若い世代にとって新鮮な体験となりました。店主たちとの触れ合いも含めて、SNS とは違う人と人との交流を楽しんでもらえたのです。

初対面の客同士がテーブル越しに写真を撮り合って意気投合し、グループとなって再度乗車するケースも見られました。商品を使ってもらうことで、提供側が想定していなかった価値まで生まれたわけです。

お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる

ビール列車である夜キハは、開始当初は 2025 年 9 月末で終了予定でした。しかし、キャンセル待ちが 100 人超という人気を受けて 12 月まで延長し、さらに 2026 年も継続運行しています。

お客さんから選ばれ続けるための工夫として、都内からの参加者が多いことがわかると、運行日を金曜から土曜に変更しました。また日没時間の変化に合わせて出発時間を 2 時間前倒しし、夕焼けを楽しんでもらえるようにするなど、乗客の声を反映して改善を続けています。

河村氏は今後、インスタグラマーとタイアップして沿線の観光スポットを紹介する動画作成も考えており、夜キハで小湊鉄道を知った若い女性たちにリピーターになってもらう構想を描いています。これは単発の企画に終わらせず、継続的な顧客関係を築いて、夜キハが選ばれ続ける状態をつくろうとする姿勢の表れです。

事例から学べる教訓

小湊鉄道の事例が示すのは、マーケティングは一直線に進むものではないということです。

最初の顧客設定が外れても、現場での観察と顧客との対話から気づきを得て、注力顧客と伝え方を変更することで成功につながりました。

また、サービスの提供者側が弱みだと思っていた 「普通の車両」 が、注力顧客にとっては 「新鮮な体験」 という強みに転換した点も重要です。商品の価値は絶対的なものではなく、顧客文脈と誰に対してどう伝えるかによって変わるのです。

マーケティング活動の全体像を理解しながらも、硬直的に捉えるのではなく、お客さんの理解と実際の反応を見ながら柔軟に軌道修正していく。その姿勢が、お客さんから選ばれる理由をつくる活動として大事なことです。

まとめ

小湊鉄道のビール列車である 「夜キハ」 の事例を取り上げました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • 仮に最初の顧客設定が違っても、現場での観察や顧客との直接の対話から柔軟に注力顧客を見直すことで成功への道が開ける
  • 提供者側の思い込みと顧客の実際の受け止め方にはギャップがある。顧客の声を直接聞くことが顧客価値への本質的な理解につながる
  • 劣位だと思っていた要素や、制約の中で生まれた工夫が、意図せず顧客ニーズにぴったり合致することがある。弱みが強みに転換する可能性を見逃さない
  • 同じ商品でも、誰に何を伝えるかによって評価は全く変わる。相手の文脈に合った表現で魅力を言い換えることが重要
  • マーケティング活動は一直線に進むものではない。顧客の反応を見ながら柔軟に軌道修正していく姿勢が、選ばれる理由をつくる