#マーケティング #選ばれる理由 #仕組み化
自分が海で釣った魚をすぐに買い取ってもらえ、得たお金 (地域通貨) が町の色々な支払いに使える――。
そんなユニークな体験が、地域課題に貢献し、観光地として選ばれる理由を生み出しています。静岡県西伊豆町の 「ツッテ西伊豆」 は、マーケティングを制度設計によって仕組み化を実現した好例です。
ツッテ西伊豆
出典: はんばた市場
豊かな漁場がありながら、地魚が地元に出回らない。この矛盾を解決したのが、観光客の釣った魚を 「通貨」 として機能させる発想でした。
釣った魚で 「魚払い」
出典: はんばた市場
「ツッテ西伊豆」 は、釣った魚で 「魚払い」 ができるサービスです。
観光客が釣った魚を地元の魚市場 「はんばた市場 (いちば) 」 で査定してもらい、デジタル地域通貨である 「サンセットコイン」 (1 ユーヒ = 1 円) で買い取ってもらえます。
参加イメージはこんな感じです。参加者は提携する釣り船 7 隻から選んで予約。当日は釣り具レンタルと船長によるレクチャー込みで、1 人 8000 円程度 (釣り船やプランにより異なる) で参加できます。
船の上では、釣った魚の鮮度を保つために 1 匹ごとに氷締めや血抜きといった処理を船長の指導のもと自ら行い、それが 「参加証明書」 として発行されます。この証明書があることで、はんばた市場での買い取りが可能になるというものです。
誕生の背景
ユニークなサービスの 「ツッテ西伊豆」 が生まれたきっかけは、発案者の中川めぐみ氏のご自身の体験にあります。
伊豆下田で全長 60cm 以上の大物を 3 匹釣り上げたものの、持ち帰れず困っていたところ、知り合いの熱海魚市場の社長に 5000 円程度で買い取ってもらったそうです。そのお金で地域の飲食店や買い物を楽しんだという 「魚払い」 の体験が、ツッテ西伊豆のヒントになりました。
西伊豆町は伊勢エビやアワビをはじめ豊かな漁場を持ちながら、漁師の高齢化により 「地魚が地元に出回らない」 という課題を抱えていました。
わずかな漁獲も都市部への出荷が優先されるため、「地魚が出回らない漁師町」 となっていたのです。ツッテ西伊豆は、観光客を 「新たな供給の担い手」 として位置づけることで、地域の課題に対処する仕組みとして 2020 年 9 月に誕生しました。
「三方よし」 の実現
「ツッテ西伊豆」 は、関わる人に利益をもたらす設計になっています。
まず 「観光客」 にとっては、釣りの初心者でも船長の丁寧な指導で釣果が得られ、釣った魚をその場でコインに換えられます。食事や宿泊、買い物に使える 「漁師体験」 が楽しめます。釣果ゼロの参加者は 4 年半で 1 人もいないとのことで、確実に成果が得られる体験設計になっています。
次に 「地元の商店や飲食店」 にとっては、観光客による釣果から新たな地魚の供給源が生まれました。適切な鮮度維持処理が施された質の高い魚を仕入れることができ、地魚を使っていることを観光客にアピールする材料にもなります。
そして 「地域経済」 へは、観光客が獲得したコインが町内の約 170 の加盟店で消費されるので、観光客の町内での回遊性と消費が向上します。お金が地域外に流出することなく、域内で経済が循環する構造ができあがったのです。
学べること
ツッテ西伊豆の事例がおもしろいのは、マーケティングを制度設計として行い、自然と 「選ばれる仕組み」 を構築した点にあります。
魚を中核に、地域経済が回る設計
興味深いのは、静岡県の西伊豆町が観光地として選ばれる理由を、「体験の連鎖」 として設計していることです。
まず、釣り体験そのものの楽しさ。次に、釣った魚が通貨に変わることで得した気分になり、予想外の驚き。さらに、その通貨を使える店が 170 店舗もあるため、確実に使い切ることができる。町を回遊する動機が生まれ、町での飲食や買い物が自然に発生し、満足度が高まるのです。
ツッテ西伊豆の仕組みがおもしろいのは、体験と価値の流れが、そのままお金の循環につながる構造になっている点です。
- 釣り人は釣り船で釣りを楽しむ (体験の価値)
- 釣った魚を買い取ってもらえる (成果の価値)
- 観光客から釣った魚が市場に供給される(供給不足の補完)
- 地域商店にお客さんが来る (需要の創出)
- 観光客は地域で飲食・買い物を楽しむ (満足が増える)
- その満足が口コミとなって話題化や再訪を生み、次の釣り人を呼ぶ (新たな顧客の誘導)
ここで重要なのは、地域内でお金が回り、外部への流出が起きにくい設計になっていることです。
観光では 「来たけど買わずに帰る」 「全国チェーン店で済ませる」 といった、地域へのお金の落ち方が弱い状況になりやすいですが、ツッテ西伊豆では、釣りの成果である魚が地域でしか使えない通貨に変換されます。そのため、必然的に地域内消費につながります。
このような 「体験 → 交換 → 消費」 という好循環が、西伊豆ならではの顧客価値になっています。釣った魚が買い取られて町の支払いに使えるという体験は、他の観光地にはない独自性であり、選ばれる理由になります。
インセンティブ設計と障害物の除去
ツッテ西伊豆は仕組みとして確実に回るよう、「アクセル」 と 「ブレーキの解除」 の両面に工夫が凝らされています。
アクセルとなるのがインセンティブ設計です。釣りの初心者でも 「やってみたい」 と思える動機づけがされています。
船長の選定は 「優しく教えられる人」 を基準にし、レクチャーも 「釣果ゼロがいない」 レベルまで徹底されています。これにより、釣りの経験の少ない人でも自分が釣った魚で魚払いができる機会をつくり出します。
一方、ハードルとなる障害物の除去も抜かりありません。
せっかく魚から地域通貨を獲得しても、その使い道がなければ意味はないでしょう。「換金できても使えない」 という状況を生まないように、サンセットコインが使える加盟店を町内の商店の 3 割以上にあたる約 170 店まで増やしています。
飲食店、宿泊施設、土産物店、温泉施設など、多様なモノやサービスに利用できるネットワークを先につくることで、体験の幅を広げ、西伊豆の魅力を高めているのです。
自走から 「選ばれる理由」 をつくり出す仕組み
ツッテ西伊豆の事例から得られる教訓は色々とあります。
第一に、地域の課題 (地魚の流通不全) と観光の課題 (消費・回遊が弱い) を、「魚 → 地域通貨 → 地域内消費」 という、ここでしかできない体験の導線で、同時に解決していることです。
第二に、選ばれる理由は言葉で語るだけでなく、「行動が自然に起きる構造」 でつくることができると示した点です。
第三に、単発のキャンペーンではなく、関係者全員が得をする三方よしの形で回り続ける仕組みを構築し、再現性をつくったことです。
中川氏が他の地域からの引き合いを慎重に断っているのも象徴的です。同じ仕組みを単にコピーするのではなく、「その地域の実情に最適化されたプラン」 こそが持続可能であると理解しているからです。
ツッテ西伊豆は、魚を中心に 「選ばれる理由」 が地域内で生まれ、自走していくケースとして、マーケティングの仕組み化の本質を教えてくれます。
まとめ
「ツッテ西伊豆」 の事例から、選ばれる理由を仕組み化することについて考えました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 選ばれる理由は、言葉で語るのではなく、行動が自然に起きる構造でつくることができる
- 顧客価値は連鎖的に生まれる構造 (例: 「体験 → 交換 → 消費」 ) を設計する
- 持続可能な仕組みには、インセンティブ設計 (アクセル) と障害物の除去 (ブレーキ解除) の両面があると効果的
- 単発の施策ではなく、関係者全員が得をする 「三方よし」 の構造をつくることで、仕組みが自走していく

